白紙の自白
徳永秀巳は、白紙を一枚よこせと言った。
芳賀伊織巡査部長が理由を尋ねると、徳永は机上の供述調書を指で叩いた。無人ATMへの放火を認めた自白。署名も指印も徳永本人のものだった。
「同じものを作って見せる」
伊織が白紙を置くと、徳永は下端に署名し、右の親指を押した。
「前の刑事さんは、飯の受領書だと言った。ここだけ書けば釈放を考えるって。上は空白だった」
「この調書の文章は、あとから印刷したと?」
「そうだ」
「証拠は」
「紙を裏返してみろ」
伊織は自白調書を裏返した。署名のすぐ上に、薄い筆圧痕がある。斜めから光を当てると、『弁当一食 受領』の文字が浮かんだ。徳永が署名したとき、上に重なっていた紙から移った跡だ。文章を印刷した後なら、その位置に受領書の圧痕は付かない。
監視窓の向こうで権藤刑事課長が腕を組んでいる。伊織の端末に命令が届いた。
――指印が本人なら成立する。余計な鑑定は不要。
徳永には火災現場近くの防犯映像があり、前科もある。真犯人である可能性は消えていない。権藤にとって、白紙への署名は手続上の瑕疵にすぎない。
「本当に火をつけていない?」
「それを聞く前に、あんたが決めろ」
「何を」
「白紙に罪を書いていい警察かどうか」
徳永は今署名した白紙を伊織へ押した。
「俺を犯人にしたいなら、これにも好きな事件を書ける」
伊織は受け取らなかった。代わりに、自白調書を証拠袋へ入れた。権藤が扉を開け、「出せ」と手を伸ばす。
伊織は調書を胸元へ引いた。
「これは供述ではなく、偽造の疑いがある証拠です」
「誰に向かって言っている」
「録音に向かってです」
権藤の背後、課長席の引き出しが半開きになっていた。中には署名欄だけを残した白紙の定型用紙が束で入っている。すでに課長印が押されていた。用紙番号は連番で、徳永の調書だけが束から抜けた番号と一致する。単独の逸脱ではなく、いつでも誰かの供述を後から作れる準備だった。
伊織は扉口まで歩き、その束を一枚ずつ机に広げた。徳永の白紙を最後に置き、全体が映るよう証拠撮影のシャッターを切った。