白衣が消える踊り場
白衣の医師と車椅子の患者は、三分違いで同じ廊下を通った。
病院の薬品庫から致死量の鎮静剤が消えた夜、防犯映像には、マスク姿の医師が七階へ上がり、その三分後に毛布をかぶった患者が六階へ下りる様子が残っていた。医師の顔は見えず、患者は付き添いもなく、二人とも記録に該当者がいない。
映像を何度見ても、医師の右靴と患者の右車輪は同じ場所で甲高い音を立てた。さらに、患者の毛布には白い細長い布が一筋だけ覗き、裾が床へ触れるたび内側へ引き込まれた。看護師は包帯だろうと言った。
階段の踊り場だけは改装中で、カメラが外されていた。医師はそこへ入り、患者はそこから現れている。しかし三分で白衣を脱ぎ、車椅子へ乗るだけなら可能だ。問題は、誰が無人の車椅子を用意したかだった。
薬品庫の電子錠には、医師用カードと患者搬送用カードが一度ずつ使われていた。番号は別だが、二枚とも端の同じ場所に半月形の欠けがある。重ねると、一枚のカードを薄く削り、表裏へ違う磁気情報を載せたものだと分かった。
看護師は患者へ声を掛けたが、返事は毛布の下の咳だけだった。医師とすれ違った職員も、マスク越しの「お疲れさま」を聞いただけ。顔を確かめた者は、一人もいなかった。
私は深夜の清掃記録を調べた。前日の夕方、廃棄予定の車椅子が一台、踊り場へ運ばれていた。右車輪の軸には油がなく、押せば医師の靴と同じ高音が出るよう細工されていた。音が一致したのではない。一人が同じ合図を二度残したのだ。
翌晩、薬品庫の前へ同じ車椅子を置いた。鎮静剤を買い戻しに来た人物は、医師の白衣姿で現れ、逃げるため踊り場へ入った。
私たちが扉を開けると、患者姿の人影が車椅子に座っていた。毛布を剥ぐと、その下に畳んだ白衣が巻かれている。足には音の鳴る右靴。
「医師は上へ逃げた」と患者は言った。
私は空の階段を見上げた。
白衣が消えたのではない。医師と患者という二人が、一枚の毛布の下で一人に戻っただけだった。