眠ったことになる朝

帯刀理久は、毎朝すっきり目覚めた。実際の睡眠は二時間ほどだが、物流会社の覚醒AIが深い眠りの感覚、伸びをした筋肉の軽さ、朝日を浴びた爽快感を脳へ送る。人手不足の夜勤でも、本人が疲労を感じなければ安全基準を満たした。

理久は給料が増え、娘を私立中学へ通わせた。朝食では笑い、休日には公園へ行った。ところが写真を見ると、自分だけ焦点の合わない目をしている。娘は「お父さん、立ったまま夢を見てる」と言った。理久には冗談に聞こえた。

授業参観の日、教室で突然、時間が飛んだ。黒板の文字が一行進み、娘が席から消え、次の瞬間には保健室にいた。身体は数分間眠っていたという。それでも頭には爽快な朝の感覚が流れ、「問題ありません」と表示された。

医師は慢性的な睡眠欠乏を告げ、直ちに端末を止めた。解除した瞬間、十二年分の疲れが一度に来たように身体が沈んだ。理久は三日眠り、起きても階段を上れなかった。娘は枕元で宿題をしながら、「学費、もういいよ」と言った。

会社は休職を認めず、感覚調整を再開すれば復帰できると迫った。理久は署名寸前まで迷った。眠る時間を取り戻せば、娘に渡したかった未来が遠のく。だが娘の未来のために、父親の現在が消えていた。

退職後の理久は、娘の思い出を聞くたび知らない場面に出会った。運動会で転んだこと、初めて友達と喧嘩したこと、夜中に熱を出したこと。家にはいたのに、覚醒刺激の切れ目で眠り、翌朝には「休めた父親」の顔だけをしていた。娘の学費を稼いだ年月は、同時に娘の時間を見失った年月でもあった。

彼は退職し、昼間の倉庫へ移った。収入は半分になり、娘も公立校へ転校した。最初の一年、理久は食卓で何度も居眠りした。娘は怒らず、皿へ付箋を貼った。「起きたら温めて」。

ある朝、理久は目覚ましより先に目を開けた。爽快ではなく、肩は重く、まだ眠かった。台所では娘が卵を焼いていた。理久は欠伸をしながら椅子に座った。眠ったことにされた朝ではなく、本当に眠ったあとの、平凡で足りない朝だった。