眠らない患者

御厨寿一は、検査準備室から消えた――少なくとも、妻はそう証言した。

御厨は重い心臓病で、午後二時に精密検査を受ける予定だった。看護助手の倉橋岳人が、毛布をかけた彼を車椅子で準備室へ運び入れた。妻の真柴康恵と技師の鰐淵志保は廊下の小窓から見守り、倉橋が出たあと扉を施錠した。

十二分後、鰐淵が迎えに入ると、車椅子には畳まれた毛布しかなかった。窓はなく、換気口は拳ほど。扉の前から三人とも離れていない。御厨は院内放送で捜されても見つからなかった。

真柴は泣きながら、「確かに夫が入るのを見た」と繰り返した。

私は小窓越しに何を見たのか、三点だけ確認した。

準備室へ入る瞬間、三人は顔を見ていなかった。毛布の形と患者用バンドを見て、知っている人物だと補っていたのである。密室を考える前に、そこへ閉じ込められた人物が本当に存在したかを確かめる必要があった。

第一に、毛布の横に吊られた点滴袋は十二分間、液面が一ミリも下がっていなかった。

第二に、毛布の膨らみは車椅子の座面から頭頂まで約百六十五センチだったが、御厨の身長は百八十三センチある。

第三に、小窓から見えた患者用バンドは右手首に巻かれていた。御厨は十年前の事故で右前腕を失っている。

鰐淵が息を呑んだ。

「中に入ったのは、御厨さんではない?」

「実習用の人形です。毛布の下に人がいたという前提が、最初から偽物だった」

倉橋は病棟の教材室から心肺蘇生人形を運び、御厨のバンドを右腕へ巻いた。真柴は夫だと証言し、鰐淵には顔を見せなかった。実際の御厨は検査移送の前に私服へ着替え、正面玄関から出ている。準備室から逃げる必要などなかった。

点滴、身長、存在しない右手。その三つは、毛布の中身を否定する。

真柴は涙を拭き、「本人が望まない手術から逃がしたかった」と言った。

私は空の車椅子を押し戻した。

「御厨さんが消えた部屋はありません。あるのは、人が入ったように見せかけた部屋だけです」