石像兵の鉄豆スープ
古都の食堂《釘と匙》には、「生き物以外お断り」と書かれた古い看板が残っていた。前の主人が置いたものだ。新しい店主トルネは外そうと思いながら、開店準備に追われてそのままにしていた。
初日の客は、人ではなかった。
扉の前で石の兵士アルクスが膝をつき、床を揺らした。城壁を百年守る守護像で、胸の炉心に赤い亀裂が走っている。腕を上げるたび、関節から砂がこぼれた。
「鉄、必要。交換所、閉鎖。夜明け、門、開けられない」
古都の門は彼が両腕で持ち上げる。動けなければ商隊は外で冬嵐に遭う。だが修復用の鉄塊は戦時備蓄へ回され、石像兵は食事をしないという理由で、どの店にも追い返されたらしい。
トルネは看板を裏返した。
鍋から《鉄豆スープ》をよそう。黒い鉄豆を骨出汁で煮込み、微量の鉱塩を溶かした、とろりとした一杯だ。もとは鍛冶師の疲労食。石像に効く保証はない。
「口は、そこか?」
アルクスの顔に唇はない。代わりに胸の亀裂が開き、炉心の赤が見えた。トルネは柄の長い匙で、そこへスープを流し込む。
じゅう、と鍛冶場のような音がした。黒い豆が光へ触れるたび、赤い亀裂の縁へ細い金属線が走る。一匙、二匙。砂を吐いていた肘が止まり、石の指がゆっくり握られた。
最後の一滴を入れると、胸の割れ目が内側から閉じた。表面には銀色の縫い目が残ったが、炉心の光は安定している。
アルクスは立ち上がった。天井ぎりぎりの頭を下げ、店の梁へ触れないよう慎重に一歩踏み出す。入口脇に積んだ薪束を、試すように片腕で持ち上げた。
「門、持てる」
「味は?」
長い沈黙のあと、石像兵の目が少しだけ明るくなる。
「熱い。鉄の味。良い」
彼は腹部の収納孔から、錆びた古代銅貨を一枚出した。王朝が滅びる前の正規貨幣で、博物館なら金貨十枚を出す代物だ。
「多すぎる」
「百年、初めての食事。釣り、不要」
アルクスが去ると、夜明けの門が地響きとともに持ち上がった。嵐を逃れた商隊の歓声が、城壁越しに聞こえる。
トルネは古い看板を外し、裏へ新しい文字を書いた。
――炉心のある方、歓迎。
釘を打ち終える前に、扉の外で石の指が遠慮がちに二度鳴った。