砂海は夕暮れに稼ぐ
砂守セナの砂海領は、日中は何も生まない。
風が砂紋を描き、蜥蜴が横切るだけだ。けれど太陽が地平線へ触れる十五分間、砂粒の一部が色硝子へ変わる。青、緑、琥珀。甲虫の石人形が色ごとに選り分け、夜のうちに交易所の箱へ詰める。翌朝には装飾工房へ売られ、領地税を引いた分が口座へ入る。
セナはその仕組みを、日陰の椅子から眺めるだけだった。
以前いた王都硝子工場では、炉の前を離れられなかった。革前掛けは端が炭化し、制服の背中には汗の塩が白く浮いている。退職後も工場長からの未読連絡が毎晩増えた。炉の故障、注文超過、欠員。どれも「セナなら何とかできる」で終わっている。
三度目の夕暮れ、領地石板が鳴った。
〈本日の彩砂十二箱、定期取引完了。七日分の生活費を振替済み〉
一日の産出なのに七日分。それは豪華さではなく、六日間を誰にも差し出さずに済むという意味だった。
六日間、セナは彩砂を増やす方法を考えなかった。朝は日陰で果物を切り、昼は地下室で眠り、夕方だけ甲虫の列を眺める。工場では炉を一分止めるにも許可が要ったが、砂海の生産時間は太陽が決め、誰の命令でも延長できない。十五分を越えると、甲虫たちは箱が半分でも巣へ戻る。その潔さが、セナには何より贅沢に見えた。
すぐに通話が割り込む。
『セナ、王妃の杯にひびが入った。今夜中に作り直せ』
「工場長、私は退職しています」
『分かっている。外注扱いで倍払う』
「倍でも、夜は一度しかありません」
『名誉ある仕事だぞ』
セナは裸足になり、冷え始めた砂へ足を埋めた。工場では火傷を恐れ、床の感触など忘れていた。
「今夜の名誉は、夕日を最後まで見ることです」
『そんなもの、明日もあるだろう』
「だから明日も見ます。戻りません」
通話を切る。
甲虫たちは彩砂を運び終え、砂へ潜った。働く時間を十五分と決めた領地は、残りを惜しげもなく静けさに使う。
セナも通信板の電源を落とし、冷たい砂の上をゆっくり歩き出した。納期より遅い歩幅で、星が出るまで帰らなかった。