砕けた鏡

アルジュンは、敵の尋問官と鏡越しに話した。

天幕の中央に、掌ほどの青銅鏡が吊られている。縁は砕け、左目だけを細長く映す。尋問官ラージャスは相手の顔を直接見ない。鏡に映る瞬き、唇、喉の動きで嘘を読む男だった。

アルジュンは味方の山城へ、援軍が来ないことを伝えねばならない。明朝まで待てば全滅する。今夜、南斜面を捨てて北へ脱出せよ――命令は頭の中にある。

彼は香料商人を装って敵陣へ入ったが、荷の中から味方の馬印の糸が見つかった。偶然ではない。敵は伝令が来ると読んでいる。

「名は」

「デーヴ」

鏡の中で、アルジュンの左目が瞬いた。

「出身は」

「西の塩湖」

喉が動いた。

ラージャスは微笑む。

「嘘をつくたび、お前は鏡の割れ目を見る」

アルジュンは初めて鏡そのものを見た。割れ目は彼の眉から頬の古傷へ重なっている。その傷は、十年前にラージャスにつけられた。二人は同じ王に仕え、同じ反乱で別れた。

「覚えていたか」

「忘れるには、顔の真ん中すぎる」

尋問官は兵を下げた。

「山城へ何を届ける」

アルジュンは答えなかった。鏡には沈黙も映る。呼吸を整えれば、それ自体が訓練の証拠になる。

ラージャスは鏡を回し、裏面を見せた。そこには山城周辺の道が刻まれていた。南斜面に敵の伏兵、北に空白。

「お前の命令は撤退だ。北へ」

読まれた。

だがアルジュンは笑った。鏡に映る左目を、自分の指で隠した。

「そう思うなら、北を塞げ」

ラージャスの表情が初めて動いた。撤退路が北だと認める者は、そんな挑発をしない。南か。あるいは撤退そのものが偽装か。

一つの読み合いだった。答えを増やした方が勝つ。

「こいつを放せ」

副官が驚く。

「追えば本当の道が分かる。追うな。北へ二千、南へ二千を回せ」

兵が割れれば山城は抜けられる。アルジュンは鏡へ一礼し、敵陣を歩いて出た。

山城へ着くと、守将は彼の顔を見ただけで人払いした。

「援軍は」

「来ない。敵は南北に割れた。中央を降りろ」

守将は一度だけ頷いた。

砕けた鏡の向こうで夜が白み始め、山城全軍に出立の命令が下った。