祖母の留守電

会社員の美篶が帰宅すると、祖母の千榮から留守電が入っていた。

〈今日は豆を煮ました。以上〉

用件はそれだけだった。

千榮は電話を切るのが早い。返事をしようとしても、たいてい留守電になる。

〈今度の日曜に行きます〉

翌日、また録音がある。

〈豆はなくなるかもしれません。以上〉

美篶は笑い、仕事帰りに祖母の家へ寄った。

台所では黒豆の鍋がストーブに載っている。千榮は「日曜じゃなかったの」と言いながら、嬉しそうに蓋を開けた。

「なくなるって言うから」

「食べればなくなるよ」

二人で小鉢へ取り分けた。まだ少し硬いが、蜜は甘く、醤油の香りがする。

千榮は留守電の操作が苦手で、短く話さないと失敗すると思っていたらしい。

美篶は録音時間が三分あることを教えた。

次の日、届いた留守電は一分を越えていた。豆を柔らかく煮る方法、近所の猫、郵便受けの音。最後に〈長すぎました。以上〉と入っている。

美篶は消さず保存した。

春、千榮の声が少し枯れ、電話より手紙が増えた。それでも豆を煮た日だけは録音が来る。

〈今日はうまく煮えました。匂いを送れないのが残念です〉

美篶は再生しながら、自宅で豆を温めた。受話器から祖母の声、鍋から甘い湯気。離れた二つの台所が、録音の終わるまで同じ温度になった。

千榮は留守電の最後に、毎回〈以上〉と言い続けた。美篶も返事の録音を〈以上〉で終えるようになった。ある晩、祖母から何も話さない留守電が入った。鍋の煮える音、食器の触れる音、遠くのテレビ。最後に小さく〈聞こえますか。以上〉。美篶は何度も再生し、自分の鍋へ豆を入れた。翌日、音だけの返事を残す。薬缶が沸き、蓋を取る音。声のない二つの台所にも、豆の甘い匂いを想像できる長さの時間が流れた。

美篶の保存箱には、祖母の〈以上〉が少しずつ増えた。元気な日、眠い日、豆を焦がした日。どの声にも台所の小さな音があり、再生すると部屋の空気まで甘く温まった。