祖母の青いチケットケース
井筒環希が実家へ帰ると、祖母が青いチケットケースを持って待っていた。
「これ、あんたのでしょう」
ケースの内側には、環希のファンアカウント名「北窓レコード」が刺繍されている。銀河歌謡団の古い公演を調べ、当時の記事や衣装を紹介するアカウントだ。環希は現代的な趣味を祖母に説明するのが面倒で、休日は資格の勉強をしていることにしていた。
先週、法事用の黒い鞄を貸したまま、ケースを入れ忘れたのだ。
「ネットで知らない人と話すなんて」と叱られると思った。祖母はスマホを使うが、天気と家族の写真しか見ない。
ところが祖母は、箪笥から色の褪せた封筒を出した。中には四十年前の半券が何十枚もある。
「銀河歌謡団の前身。私はこの人を追って、夜行列車で大阪まで行った」
祖母は当時、家族に内緒で「青い燕」と名乗り、ファン同士で手紙を回していたという。
「北窓レコードの写真に、私が縫った応援旗が映ってた。だから分かった」
青い燕という名で届いた手紙を、祖母は結婚するとき実家の物置へ隠した。追いかけた歌手が引退すると、家族の前では「若気の至り」と笑ってみせたという。それでも半券だけは捨てられなかった。環希が過去を調べ、知らない世代へ丁寧に渡しているのを見て、昔の自分を恥じなくてもよい気がしたと祖母は言った。
環希が資料として紹介した古写真は、祖母の友人から借りたものだったらしい。
「勝手に見てごめん。でも、なくなったと思ってた名前に会えた」
祖母は青いケースを返し、代わりに半券を一枚差し出した。裏には〈青い燕さんへ〉という鉛筆書きがある。
環希はその夜、祖母の許可を得て半券を撮影した。投稿文の末尾に、初めて取材協力者の名を記す。
〈資料提供・青い燕〉
翌朝、祖母は自分のスマホでその画面を何度も拡大した。
環希は資格の本を閉じた。隠していた自分の趣味は、祖母がしまい込んでいた青春と、同じ青いケースに収まっていた。
二人とも、もう若気の至りとは呼ばなかった。