祭壇に立つ私
夫の葬儀で、妻は参列者へ頭を下げ続けた。
皆が、
「立派な方でした」
「愛されて幸せでしたね」
と言う。
妻は笑顔を作れなくなり、控室へ逃げた。
祭壇脇の空椅子へ喪章を置くと、同じ喪服、同じ顔の妻が立ち上がった。
線香が燃え尽きるまで、もう一人の自分が遺族の役を代わる。
本物は屏風の陰から見ていた。
代役は美しく礼をし、涙の量までちょうどよかった。
夫の同僚が言った。
「家庭を何より大事にする人でした」
妻は叫びたくなった。
夫は仕事で何度も約束を破り、病気になっても相談せず、最後まで妻へ「大丈夫」と嘘をついた。
娘が代役の隣へ座った。
参列者が途切れると、小声で言う。
「お母さん、怒ってるよね」
代役は穏やかに、
「悲しんでいます」
と答えた。
娘は首を振った。
「本物のお母さんなら、あの人は勝手だったって言う」
代役には返せない。
「私も怒ってる」
娘は祭壇の父へ言った。
「死ぬ前くらい、怖いって言ってほしかった」
屏風の陰で、妻の胸が痛んだ。
娘を守るため、夫の悪口を口にしなかった。
娘もまた、一人で怒りを隠していた。
線香はまだ半分残っている。
妻は待たずに喪章を空椅子から取った。
代役が消え、本物が参列者の前へ戻った。
次の客が、
「本当に立派なご主人で」
と言う。
妻は礼をし、
「立派なところもありました。困ったところも、たくさん」
と答えた。
客は戸惑い、やがて夫が酒席で失敗した話を一つした。
別の友人も、頑固で謝らなかったことを話した。
葬儀後、妻と娘は夫の好きだった弁当を食べた。
二人で、夫の優しかったことを三つ、腹の立ったことを五つ挙げた。
途中で笑い、また泣いた。
祭壇の写真は、よくできた笑顔だった。
妻は写真へ、
「最後まで格好つけて」
と言った。
娘が、
「お母さんもね」
と返した。
喪章は棺へ入れなかった。
妻の鞄へしまった。
誰かの前で遺族らしく振る舞いたくなったとき、もう一人の完璧な妻を呼ばず、自分の矛盾した顔で立つことを思い出すために。
愛している人へ怒ることも、別れを悲しむ一つの形だった。