私が四人いる町

鷺坂椋の予備肉体が三体同時に起動したのは、生命保険会社の更新障害が原因だった。

本来なら事故死した椋の最新記憶を一体だけへ移すはずが、同じ午前七時十四分の記憶を持つ四人が病室で目を覚ました。

全員が自分を本物だと言った。

四人とも左耳を触る癖があり、妻の菜緒の誕生日を覚え、冷蔵庫のプリンを隠した場所まで同じだった。会社は補償として「代表個体を一名選び、残りを停止する」と提案した。

菜緒は選べなかった。

「じゃんけんにして」と泣きながら冗談を言い、誰も笑わなかった。

四人は仮に、東西南北と呼ばれた。歯ブラシも銀行口座も一つしかなく、朝食の卵焼きの端を全員が欲しがった。菜緒は夫が増えたのではなく、同じ喧嘩を四倍繰り返す生活に疲れた。

一週間もすると違いが生まれた。東は事故現場へ行きたがり、西は二度と車に乗れず、南は菜緒へ以前より優しく、北は離婚を申し出た。

「死ぬ直前、俺はこの結婚から逃げたかった」と北は言った。

他の三人は否定したが、その気持ちを自分の中にも見つけて黙った。

停止期限の前夜、四人は菜緒を交えず話し合った。

本物を決める基準はない。あるのは、目覚めてから別々に選んだ一か月だけだった。

翌朝、東は戸籍を継ぎ、西は別姓で地方へ移り、南は予備肉体の権利運動に参加し、北は菜緒と離婚した。

保険会社は前例がないと拒んだが、四人が同時に記者会見へ現れ、それぞれ違う声明を読んだことで、世論は停止処分を許さなかった。

菜緒は東と暮らし続けた。しかし以前の夫婦には戻らなかった。

東が「俺は本物だ」と言うたび、彼女は「今日のあなたはね」と答えた。

二人は小さな約束を毎日作り直した。

十年後、四人は年に一度集まった。

顔は同じでも、髪型も声も、笑う場所も違う。事故を悔やむ者、感謝する者、忘れた者がいた。

椋は自分が四つに割れたのではなかった。

一人で生きていても、人は選択のたびに過去の自分と別れていく。その姿が、たまたま見えるようになっただけだった。