私の気持ちを代わりに言う人

志津は、私の気持ちを私より早く見つける。

人前で言葉が詰まる私に代わって、「梓はいま傷ついてる」「本当は帰りたいって」と説明してくれる。カウンセリングへ通い始めたときも、初回から同席した。先生が私へ質問すると、志津は机の下で私の膝を一度押した。答えを急がなくていいという合図だった。

「母親みたいな友達ですね」

先生が言うと、志津は笑った。私は褒め言葉だと思った。

面談の前には、話す内容を二人で練習した。志津が「怒り」と言えば私は「怒り」、「見捨てられ不安」と言えば同じ言葉を使う。自分ではただ寂しいだけに感じても、専門的な名前を知れば回復に近づける。

もう一つ、面談が終わるたび、志津は私のノートを撮影した。私が後から記憶を書き換えないためだという。写真は彼女だけのクラウドへ保存された。

三か月目、先生が個別面談を提案した。志津は「梓が不安定になる」と断った。私も頷いた。彼女がいなければ、何を感じているか分からない。

次の週、先生は志津が来る前に私を部屋へ入れた。

「今日は、分からないと言ってもいいんですよ」

その一言で、喉が痛くなった。私は初めて、志津の言葉を使わずに話した。彼女が私の恋人へ別れを勧めたこと。職場へ診断名を伝えたこと。母からの連絡を勝手に削除したこと。恋人からの最後の謝罪を『依存を戻す毒』と言って読ませなかったこと。私が怒ると「症状が出ている」と録音を始めること。

扉の外で音がした。志津が立っていた。先生は同席を断ったが、彼女は私を見つめた。

「梓、本当のことを言って。いま、見捨てられるのが怖いんでしょう?」

反射的に頷きそうになった。

先生が机の下へ手を伸ばし、私の膝の上に置かれていた志津の指を静かに外した。

帰宅後、共有していた音声アプリを削除した。確認画面には、私の知らない録音が百八十七件あった。どれも題名は感情の名前だった。

最後の一件だけ、まだ録音中だった。

〈梓が一人で話せない証拠〉という題名で、志津の端末から音が送られ続けていた。