税吏が掘った一本の溝

王領会計院の税吏フィオは、侯爵の横領を数字で暴いた翌日に左遷された。

赴任先は、温泉があふれて玄関まで泥沼になった辺境の土地だ。

「数字を読める者に、傾斜を見せるとは親切だな」

フィオは皮肉を言い、帳簿ではなく鍬を開いた。

今日するのは排水溝一本だけ。源泉から畑予定地の端まで、二十歩。

侯爵領では、農民から取りすぎた銅貨一枚まで帳簿に戻した。その几帳面さを「融通が利かない」と責められた。ならば今日は、水一滴の行き先まで正しく決めよう。玄関を沈めず、これから耕す土も煮ない場所へ、余った熱だけを逃がすのだ。深さを指二本ずつ変え、湯が速くなりすぎない勾配にする。真っすぐすぎれば土を削るので、途中に二つ緩い曲がりを置いた。帳簿と違い、土地には土地の余白が必要だった。

会計院では桁が一つ違えば国庫が傾いた。ここでは土を一掬い余分に取るだけで水が曲がる。彼は木杭に印をつけ、何度も目線を地面すれすれまで下げた。

最後の土壁を鍬で切る。

温泉が新しい溝へ滑り込んだ。湯気を引きながら、まっすぐ畑の外へ流れていく。泥だった玄関前から水が引き、土の下に平石が現れた。

「収支一致」

フィオは満足して靴の泥を落とし、溝の終点に足を浸した。熱すぎない湯が、歩き通しだった脛を包む。湿った土と草の匂いが、夕方の空気に混じった。

石炉では、小さな鱒を焼いている。皮が反り、脂が落ちるたび、じゅっと音がした。麦飯の蓋を開ければ、白い湯気が立つ。

そこへ侯爵本人の使者が来た。

「誤解が解けました。会計院次長としてお戻りいただきたい。こちらへ受領の署名を」

フィオは書面を受け取り、端に小さく署名した。

使者が顔を輝かせる。

「では帰還を――」

「署名したのは、書状を受け取った事実だけだ」

フィオは未開封の帰還辞令を荷箱へ入れ、焼けた鱒を麦飯に載せた。

「返答の期限は書いてない。だが魚の食べ頃には期限がある」

一本の溝を湯が流れる音を聞きながら、彼は久しぶりに、数字ではなく夕食だけを数えた。