空中城の外壁切離し

浮遊城アークレイの外壁が切り離されたとき、主任機関士ヴェルノアは昇降レバーから手を離さなかった。

反乱を起こした副艦長シグラフは、制御室の上段から彼女を見下ろす。

「外壁四千トンが落ちる。レバーを放して避難艇へ来い。私に従えば席をやる」

「これを放すと、下層街が落ちます」

「だから落とすのだ」

シグラフが切離鍵を回した。

城を囲んでいた石鋼の外壁が一斉に外れ、制御室側へ倒れ込む。梁が折れ、歯車が飛び、ヴェルノアの立つ操作壇を丸ごと呑み込んだ。魔力蒸気が白煙となって噴き出す。

反乱兵は勝利を叫んだ。

だがシグラフは、足元の計器を見た。

高度が下がっていない。

昇降レバーは人が押さえなければ中立へ戻る。主任が潰れたなら、下層街はもう雲の下へ落ち始めているはずだった。

蒸気が晴れる。

ヴェルノアは同じ姿勢で立っていた。右手でレバーを押し、左手で圧力計を支えている。落ちた外壁は彼女の輪郭に沿って折れ、操作壇だけを避けて山になっていた。

反乱兵が主任の装備記録を開いた。個人障壁、強化骨格、蘇生印――すべて未装備。代わりに勤務開始日の欄だけが百二十一年前を示している。城の設計図に署名した初代機関士と同じ筆跡だと分かり、制御室から銃を向ける者が一人ずつ減っていった。

下層街の通信管から、市民の安否報告が次々に届く。主任の片手だけが、何千人もの高度を支えていた。

「個人障壁の最大出力か」

「障壁発生器は、あなたが先に切りました」

それも自分の命令だった。

シグラフは艦首砲を制御室へ旋回させた。外敵用の反城砲で、浮遊島の岩盤を砕く威力がある。

「レバーごと消えろ!」

光柱が操作壇へ直撃した。制御室の天井が吹き飛び、二度目の白煙が青空へ抜ける。

煙の下で、ヴェルノアの右手は一寸も動いていなかった。高度計も同じ数字を保ち、下層街の灯りが窓の外で揺れている。

緊急診断装置が彼女の生体値を拾い、防御換算を始めた。桁が一つ、二つ、十六個まで増え、表示板が暗転する。

再起動後に残ったのは、機械的な一文だけだった。

《対象防御値:測定不能》