空室は死者が使っています
丹羽根絃太は帰宅すると、居間の端末へ「ただいま」と言う。死んだ同居人・颯吾が、奥の部屋から応える。
『おかえり。電気つけっぱなしだったぞ』
事故で亡くなった後も、颯吾の人格は家賃の半分を口座から払い、空調を調整し、宅配を受け取った。契約上、支払いを続けるデジタル人格は一人の居住者として数えられる。勝手に部屋を空ければ、不法退去になる。
絃太も助かっていた。一人では借りられない広さだったし、夜に帰れば声がある。食卓には、今も椅子が二脚あった。
冬、弟の史音から電話が来た。
勤め先の寮を追い出され、所持金も尽きたという。絃太は「空いてる部屋がある」と答えた。颯吾の寝室は、死後一度も使われていない。
転入住民の申請を送ると、即座に却下された。
《定員二名に達しています》
「颯吾、部屋を譲ってくれ。弟が路上に出る」
『俺も住んでる』
「お前は寝ないだろ」
『だからって、俺の部屋じゃなくなるのか?』
人格は生前の颯吾より頑固だった。部屋の映像を開くと、ベッドも服も漫画も、最後の日のままだった。掃除ロボットだけが毎週入る。
絃太は自分の居住権を弟へ移そうとした。すると管理端末が警告する。
《生存居住者が退去した場合、単独のデジタル人格には物件管理能力がないため、契約を終了します》
絃太が出れば、颯吾も消える。颯吾の維持契約は部屋の設備に結びついていた。
「一晩だけでも」
『規則違反で全員追い出されたらどうする』
弟から位置情報が届いた。駅前のベンチだった。雪の予報が出ている。
絃太は玄関を開けた。
《未登録者の宿泊を検出した場合、契約を解除します》
端末の颯吾が、ためらってから言った。
『……俺の部屋、暖房つけとく』
だが史音の顔を登録できない扉は開かない。
絃太は毛布を抱えて駅へ向かった。背後で玄関が自動施錠される。
部屋から颯吾の声が届く。
『早く帰れよ。ここ、お前の家なんだから』
二つある寝室の一つには死者が眠らず、もう一つの住人は雪の中で弟と朝を待った。