空室一号の映画館

 鹿島田結平の家は、一階に貸室が二つある。

 二号室は長く住む老夫婦が借りているが、一号室は半年空いたままだった。

 家賃収入は一室分でも暮らせる。結平は募集の札を出しながら、急いで次の住人を探さなかった。

 友人の牧野内佐理が、押入れから古いプロジェクターを持ってきた。

「空室、映画館にしよう」

「入居者が決まるまで」

「決まらなければ常設」

 二人は白い壁へ布を張り、畳へ座布団を並べた。客は二人だけなので、指定席は不要だった。

 最初の上映は、昔観た怪獣映画。

 佐理が鍋でポップコーンを作り、結平が飲み物を用意する。

 蓋の中で豆が次々はじけ、空室へ乾いた音が響いた。

「映画始まる前に一番盛り上がってる」

「本編より予算が安い」

 バターと塩を絡めると、部屋へ温かな香りが広がった。

 映像は壁から少しはみ出した。

 字幕の右端が柱へかかり、怪獣の尾は襖の上を横切る。

「画角を直す?」

「怪獣だから部屋から出てもいい」

 二人はそのまま観た。

 途中、二号室の老夫婦が、音が聞こえたと覗きに来た。

 謝ろうとした結平へ、妻の方が言う。

「続き、見てもいい?」

 座布団を二枚足し、四人で後半を観た。

 夫は怪獣が出るたび展開を先に説明し、佐理に「初見がいます」と止められた。

 上映後、空室に笑い声の余韻が残った。

 老夫婦は蜜柑を四つ持ってきて、ポップコーンの空鍋へ入れた。

「次は恋愛映画がいい」

 妻が言う。

「怪獣の恋愛なら」

 夫が答えた。

 次回作は決まらなかった。

 結平は募集札を外すつもりはない。

 新しい住人が決まれば、映画館は終わる。

 けれどそれまで、空いている部屋は空っぽでなくてよかった。

 夜、一号室の窓を閉める。

 畳にはバターと蜜柑の皮の匂いが混じり、白い壁には消した映像の明るさがまだ残っているようだった。

 佐理は来週の上映候補を三本置いて帰った。

 襖の桟には、飛び散ったポップコーンの塩が白く一粒残っていた。

 家賃を生まない空室は、しばらくのあいだ、四人分の休日をゆっくり上映することになった。