空欄の所持枠
伊佐見ロウは宝物庫の出口で、所持品検査に引っかかった。
《未鑑定アイテム:1》
《未鑑定品を所持したままログアウトできません》
袋は空だ。剣も薬も仲間へ渡した。それでも所持枠の最下段だけ、黒い四角で埋まっている。
背後では宝物庫の守護機が再起動し、仲間が扉を押さえていた。
「捨てろ!」
「選択できない!」
黒い枠には名前も重量もない。鑑定眼を使っても《対象なし》と出る。ログアウト不能になった日から、全プレイヤーの所持品欄に一つずつ空欄があるという。誰も気にしなかった。仕様上の余白だと思っていた。
ロウは枠を長押しした。すると、薄い説明が浮かぶ。
《取得時刻:初回接続》
《所有者:未確認》
《形状:定義不能》
《呼称を入力してください》
初回接続で手に入れ、形がなく、名前もないもの。
「自分の意識か?」
入力しても鑑定失敗。魂、記憶、人格。全部違う。
守護機の腕が扉を破り、仲間が吹き飛ぶ。ロウは黒い枠を見つめた。ゲーム内で彼は《ROW》と呼ばれてきた。現実の名前を思い出す機会はほとんどなかった。ログアウトとは、アバターを捨てることではない。誰が戻るのかを確定する処理だ。
呼称欄へ、現実の本名を入力した。
《鑑定結果:伊佐見朗》
《分類:接続者本人》
《所有者:伊佐見朗》
黒い枠が人の形に光り、所持品欄から装備欄へ移動する。ロウのアバターが一瞬だけ透明になり、その内側に病室で眠る身体が見えた。
仲間たちも理解し、自分の空欄へ本名を入れ始める。宝物庫の守護機は攻撃を止め、深く頭を下げた。守っていたのは財宝ではなく、名を失った接続者の帰還情報だった。
本名を入力した瞬間、忘れていた生活の断片が戻った。朝の駅、苦い缶コーヒー、連絡を待つ父の番号。アバター名では結びつかなかった細部が、一つの身体へ吸い寄せられる。鑑定とは、物の価値ではなく帰る人間を確かめる作業だった。
《全未鑑定アイテムの所有者確認が完了しました》
《ログアウト不能状態を解除します》
《所持品として扱われていた“あなた”を、現実世界の身体へ再装備します》