空白に写った王国
「一頁を複写するだけの《紙写し》。書記なら手で書ける。無能です」
王立文官試験の席で、試験長はナディアの答案を伏せた。
《スキル:紙写し――触れた一頁の文字だけを、白紙へ完全に写す》
絵も印章も魔力も写らない。速記より少し便利な程度だとされ、ナディアは不合格者用の出口へ向けられた。
ナディアは試験中、装飾文字を写せないことを散々減点されていた。金泥も透かしも、紙に宿る魔力も複写されず、残るのは意味を持つ文字だけ。その欠点のせいで、偽造には使えない。だが余計な仕掛けを置き去りにして内容だけを抜き出せることが、彼女にはむしろ利点に思えていた。
そこへ女王アレシアが、隣国との講和条約を抱えて入ってきた。
調印直前、王家の鑑定士が「条文の数が昨日と違う」と訴えたのだ。しかし羊皮紙には十二条しかなく、魔力検査にも異常は出ない。講和を拒めば戦争が再開し、調印すれば何かを奪われるかもしれない。
「全員で読み上げよ」
十二条は正常だった。国境、捕虜、賠償、交易。試験長は鑑定士の疲労だと決め、女王へ署名を促す。
退出しかけたナディアは、頁の下端だけが不自然に広いことへ気づいた。
「陛下、その紙を一度だけ触らせてください」
「不合格者が口を挟むな」
「魔力は写せません。だからこそです」
女王が条約を差し出す。
ナディアは白紙を重ね、《紙写し》を使った。
十二条の下に、十三条目が現れた。
――本条約に署名した王は、王国および臣民の所有権を相手国皇帝へ譲渡する。
原本では何も見えない。文字を覆う隠蔽魔術ごと紙に定着していたのだ。だが《紙写し》が拾うのは、目に見える形ではなく、頁に存在する文字だけ。魔術を持たない複写紙には、隠す力が付いてこなかった。
試験長の顔から血の気が引く。
女王は条約を暖炉へ投げ、燃え上がる十三条を見届けた。そしてナディアの不合格答案を玉座の机へ置き、自ら合格印を押した。
「国を救ったのは剣でも鑑定でもない。隠された文字だけを裸にする一枚の紙だ。ナディアを王室文書監の筆頭に任ずる」