空皿認証
料理撮影を副業にする二十四歳の帆足維月は、食事記録アプリ「お福分け」の高額案件を受けた。郷土料理を撮るだけで報酬一万円。説明には、祭りの夜に最初の一口を家の隅へ供える《膳分け》を自動化したアプリだとある。
撮影手順は簡単だった。料理を盛った皿を一枚撮り、画面の隅に現れる小さな箸へ一口分をドラッグする。禁忌は一つ。
《食べ終えた空皿を撮影してはいけない》
空になった皿は供物ではなく、「食べられる側の席」を示すからだという。
維月は自宅で鶏飯を作り、指示どおり撮影した。画面の中だけで一口が消え、台所の床下から箸の触れ合う音がした。
気味は悪いが、報酬画面には〈完了写真を送信してください〉と出ている。食事前の写真を再送しても認証されない。撮影案件では空皿を完食証明に使うことも多い。注意書きは昔の衛生上の理由だろうと考えた。
維月は食べ終え、空皿へカメラを向けた。
一度だけ、シャッターを切った。
画面に顔認証の枠が現れた。皿の白い底に、維月の顔が映っている。カメラを傾けても、その顔だけは皿の中央からこちらを見上げた。
〈一人前を認証しました〉
〈供物の回収を開始します〉
報酬は即時入金された。依頼者名は〈床下〉だった。
夜、冷蔵庫の食材管理アプリが勝手に起動し、在庫を一件追加した。
【品名】帆足維月
【数量】一人前
【保存場所】野菜室の下
【消費期限】本日
冷蔵庫の重量センサーは、庫内が十二キロ重くなったと記録していた。扉を開ければ何もないが、閉じるたび内側のカメラに維月の後頭部が映る。食材一覧の栄養表示には、彼がその日摂ったカロリー、血液型、体温まで自動入力されていた。
数量だけが、一人前から〈残り半分〉へ変わっていく。
維月は冷蔵庫の電源を抜いた。表示は消えたが、庫内から食器を並べる音が続く。スマートフォンの宅配アプリには、身に覚えのない集荷依頼が入っていた。
集荷物の写真は、さっきの空皿だった。皿の中の維月が、今度は背を向けて座っている。
玄関チャイムが鳴る。配達員用端末の機械音声が扉越しに聞こえた。
「一人前のお荷物を受け取りに来ました」
維月のスマートフォンにも、普段の通知が届いた。
〈まもなく集荷担当者が、あなたを回収します〉