窯の中の黒い器

真砂ヶ丘結香が陶芸工房へ入ると、電気窯の警報灯が赤く点滅していた。

扉の隙間から黒い煙が漏れ、棚板は溶けた釉薬で固まっている。窯の中には、見覚えのない器が五十個詰め込まれていた。

友人の久遠原絵里奈が、合鍵を持って現れた。

「ちょうどよかった。私のワークショップ作品、焼いておいて。友達なんだから窯代は無料でしょ」

結香は鍵を渡していない。絵里奈は以前、工房で手伝った際に鍵番号を撮影していた。

しかも器に使われたのは、窯の温度に合わない低火度の粘土と、成分不明の釉薬だった。高温で溶け、ヒーターと断熱材へ付着している。窯は全面交換が必要で、見積もりは三百五十万円。中に入っていた結香の注文品二十点も失われた。

絵里奈は言った。

「窯って焼くための箱でしょ。温度を間違えたのは機械のせい。私は生徒から材料費しか取ってない」

工房の予約サイトには、〈有名作家の窯を貸切使用〉として一人三万円、二十人分の募集が掲載されていた。結香の名前と作品写真まで無断で使われている。

窯の制御装置は、操作した端末と温度変更履歴を保存していた。絵里奈は結香の通常設定を解除し、説明書を読まず最高温度へ上げている。警報が出たあとも、「追加料金を取ったから最後まで焼く」と停止操作を取り消していた。

注文主への納期違約金、失われた作品代、窯交換、工房休業損害を合算すると、請求は六百万円を超えた。

絵里奈は生徒の作品も壊れた被害者だと主張した。

生徒たちは、結香本人が監修すると聞かされていた。事情を知ると返金を求め、決済会社は絵里奈の売上を凍結した。

「友達なんだから、窯を半分出してくれれば丸く収まる」と絵里奈は言った。

結香は黒く固まった自分の茶碗を取り出した。

「半分壊れた窯は、半分だけ買い替えられないよ」

絵里奈はワークショップ売上、預金、車の売却代を賠償へ充て、残額を分割で払う合意書へ署名した。

新しい窯の管理画面に結香一人の認証だけが登録され、絵里奈の募集ページが削除された瞬間、ただで借りた火は消え、彼女の支払いだけが長く焼き固められた。