竜心の焼印

竜騎士ラザーンの心臓には、人間の手のひらほどもある焼印が押されていた。

怒れば焼け、逃げれば締まり、主人へ牙を向ければ心臓そのものを止める。

治癒師トワの診療台へ運ばれたとき、彼は人の姿を保つだけで精いっぱいだった。鱗の隙間から赤い光が漏れ、主人である領主は安全な硝子壁の向こうにいる。

「私の紋へ移せ」

領主が言った。

「そうすれば暴走は収まる。お前は腕がいい。竜を飼う栄誉をやろう」

トワは焼印を透視し、息をのんだ。

呪印は心臓と同じ速度で脈打っている。削れば失血、焼けば心停止。上書きだけが安全だと、歴代の治癒師が記録していた。

余白には、小さく《従順になった》とある。治ったとは、どこにも書かれていない。

だが、完全に同じ速度ではない。

七回に一度だけ、心臓と呪印の拍が半瞬ずれる。

「ラザーン。七つ数えられる?」

「命令……か」

「お願い。失敗すれば、たぶん二人とも死ぬ」

「なら、命令よりましだ」

一、二、三。

領主が硝子を叩く。

「早く私の印を使え!」

四、五、六。

トワは銀針を焼印と心臓の間へ滑らせる。

七。

拍がずれた瞬間、一本だけ存在する支配の糸を断った。

焼印が暴れ、赤い炎となって診療室を包む。

ラザーンの身体が巨大な竜へ変わり、天井を突き破った。領主は悲鳴を上げるが、竜は彼を見下ろしただけで牙を向けない。

「自由だよ」

瓦礫の中でトワは言った。

「復讐も逃亡も、好きに選べる」

ラザーンは翼を広げ、雲の上へ飛び去った。

領主は腰を抜かしながら笑う。

「愚かな女だ。あれほどの力をただ逃がした」

夕方、壊れた診療所に影が差した。

竜が戻ってきたのだ。

ラザーンは人の姿へ戻ると、胸から自然に抜け落ちた一枚の鱗をトワの掌へ置いた。

「竜族は、帰る場所を自分で決めたときだけ鱗を預ける」

「所有の印?」

「道に迷わないための印だ。不要なら返してくれ」

「預かる」

彼は剣を差し出さなかった。

代わりに大きな翼を広げ、屋根を失った治癒師の頭上へ、自分の意思で雨よけの影を作った。