竜語を持たない通訳の耳飾り
火山竜が王都上空へ現れ、鐘楼に爪をかけた。
王国一の竜語学者オルフェは、交渉役として広場へ押し出された。だが彼が読めるのは古文書の竜語だけ。生きた竜の声など一度も聞いたことがない。
竜が咆哮する。鐘楼の石が砕け、広場の人々が伏せる。騎士団長は剣を抜いた。
「要求は何だ」
「分かりません」
「役立たずめ。ならば攻撃する」
炎袋が赤く膨らみ、屋根瓦が熱で細かく鳴る。撃てば王都の半分が焼ける。オルフェに必要なのは竜を倒す武器ではなく、たった一度、正確に話を聞く手段だった。
耳の奥で文字が響く。
《条件達成:分からない言葉を分かったふりで訳さなかった者》
《主人公専用排出枠〈通訳〉》
《一回限り。最も必要な対話具を排出します》
引くと、片方だけの木製耳飾りが現れた。
《沈黙の耳飾り》
《言葉にならなかった意図を聞く》
「声を訳す道具ですらないのか」と団長は吐き捨てた。
オルフェが耳飾りを着けると、竜の咆哮の下から別の音が聞こえた。痛い。熱い。返して。三つの短い意思。
彼は竜の喉元を見た。騎士団が以前撃ち込んだ封魔槍が刺さり、その柄に王室の宝物庫印がある。竜が欲しいのは財宝ではない。槍に吸われた卵の熱を返してほしいのだ。
オルフェは団長の制止を振り切り、鐘楼へ登った。竜へ手を見せ、槍を抜く。噴き出した炎は彼を焼かず、宝物庫へ一直線に飛んだ。
直後、城の地下から巨大な卵が浮かび上がる。王が秘かに奪い、魔力炉として使っていたものだ。母竜は卵を抱くと、炎袋の光を静めた。
王が青ざめて命じる。
「その学者を捕らえよ。国家機密を――」
竜が一声鳴いた。
今度は広場の全員にも意味が伝わった。
――この者に触れるなら、王都ではなく王冠だけを焼く。
騎士たちの剣先が、ゆっくり王へ向き直る。オルフェは初めて、訳さずに笑った。
木の耳飾りが七色へ透き通る。
《神話級対話具〈万心通訳〉》
《世界初交渉:人竜戦争を発生前に終結》
《専用通訳者オルフェ――誤訳、零》