箱の底の赤い腕

審査提出の八時間前、倉庫ステージの木箱から、赤い人間の腕が突き出していた。

 ホラーゲームではない。全年齢向けの探検ゲームだ。宣伝用の撮影中に偶然、箱を壊した瞬間だけ見えた。

 コンプライアンス担当の綾小路実朝は、問題の画像を止めた。赤い腕は一瞬で消え、通常の遊びでは気づきにくい。しかし審査機関へ出すデータに残れば、レーティングが変わる可能性がある。

「表示されない場所のアセットです。削除します」

 美術担当が言う。実朝は腕のファイル名を調べた。処分された旧版の敵キャラクターで、木箱の破片と同じ一式に入っている。腕だけ消すと、読み込み時に見つからないファイルを探し続け、箱を壊すたび動作が止まる恐れがあった。

 敵を透明にする案も出た。実朝は審査用の確認機で明るさを最大にした。透明処理は完全ではなく、輪郭がガラスのように残る。しかも別の機種では透明の計算方法が違う。

「見えなくするんじゃなく、呼ばないようにします」

 木箱を壊したときに出す破片の一覧から、旧版の敵だけを外す。修正は一行だが、実朝は同じ一式を使う樽と扉も全部壊した。箱だけ直しても、別の物から腕が出れば意味がない。

 午前三時、倉庫にある破壊物を一巡した。木片、釘、埃。赤い腕は現れない。実朝は視点を床まで下げ、破片の隙間も一コマずつ送った。腕の影も、赤い反射も残っていなかった。実朝はさらに、古い敵のアセットがほかから呼ばれていないことを検索し、そこで初めて削除を許可した。

「一瞬なのに、発売を止めるんですね」

 撮影担当が訊いた。

「一瞬だから、見つけた今しか止められないんです。発売後なら、子どもが何度でも止めて見ます」

 午前五時、審査用データが封じられた。宣伝班は倉庫の撮影を再開し、木箱から金貨が飛び出す場面を選んだ。

 実朝の机には、次の確認依頼が置かれていた。砂浜に埋めた骸骨が、地域によっては規定に触れるという。

 赤い腕を片づけた夜は終わったが、箱の底はまだ深かった。