紙やすりの円
倉本暁生が鍋を焦がした夜、火より先に食卓が焼けた。
熱い鍋を直接置き、丸い黒跡をつくったのだ。古い無垢材の食卓は、このシェアハウスで唯一、誰も粗末にしない家具だった。
「弁償する」
暁生は言った。
「いくら」
日高清志が聞く。
「給料日に」
「また給料日か」
暁生は共同費も二度遅れている。皆の視線が集まる前に、彼は部屋へ逃げた。
翌朝、清志が食卓を庭へ出していた。紙やすり、オイル、布が並ぶ。
「買い替えじゃないのか」
「同じ大きさは階段を通らない」
「修理代は払う」
「なら働け」
二人で黒い円を削った。最初は百二十番、次に二百四十番。焦げは薄くなったが、周囲だけ白くなり、かえって目立つ。
「全部削るぞ」
「一人でやる」
「一人だと来月になる」
清志は反対側から磨いた。途中、ほかの住人も通りかかり、端を少しずつ手伝った。誰も暁生を責めなかった。責める代わりに、削り残しを指で示した。
削った粉は庭の敷石まで白くした。暁生は何度も箒をかけ、清志は手の届きにくい天板の裏まで確認した。焦げを作った本人だけを働かせる修理ではなく、食卓を使う全員の手入れになっていた。昼過ぎ、木目が揃った。オイルを塗ると色が戻り、黒い円は淡い輪になった。完全には消えない。
「これ、残るな」
暁生が言う。
「鍋を置く場所が分かって便利だ」
「皮肉?」
「鍋敷きを置けば模様になる」
清志は端材を四角く切り、残った紙やすりを渡した。暁生が角を丸く削る。小さな鍋敷きができた。
食卓を居間へ戻すと、住人たちが夕食を並べた。暁生は自分の分だけコンビニ弁当を持ってきたが、清志が焦げ跡の上へ鍋敷きを置き、その上に味噌汁の鍋を載せた。
「よそえ」
「俺が?」
「置いた奴が最後までやれ」
暁生は人数を数え、椀へ注いだ。一つ足りず、自分の紙椀を使う。清志は棚から、欠けた共用椀を出して差し替えた。
食後、暁生は鍋敷きを自室へ持っていきかけ、食卓の中央へ戻した。裏側に油性ペンで〈熱いもの用〉と書く。その下へ小さく自分の名字も書いたが、線で消し、代わりに家の名前を書き直した。