終曲のない組曲
霧島李央の報告書は、四か月も「最終版」にならなかった。
退職した先輩から引き継いだ地域イベントの再建計画。予算は尽き、会場も失ったのに、李央は代替案を足し続けていた。資料を開くたび、注釈と仮定が増え、最初は十二ページだった計画書が四十七ページになった。終わらせれば、先輩の仕事まで失敗にする気がしたからだ。
「終止符レコーズ」で見つけた二枚組には、『未完の港湾組曲』と題名があった。曲目表は第一楽章から第四楽章まで。第四楽章の横だけ、演奏時間が空欄になっている。
「盤が足りないんですか」
店主は二枚を照明の下で確かめた。
「揃っています」
試聴すると、第四楽章は途中で終わった。管楽器が次の旋律を予告し、弦が膨らみ、そこで溝が尽きる。録音事故ではない。作曲者が続きを書かなかったのだと、付属の解説に一行だけあった。
李央は続きを想像した。盛大な終結も、静かな着地も作れそうだった。けれど針は、自動で最初へ戻らず、盤の内周で小さな音を繰り返すだけだった。
店主は針を上げ、古い内袋を新しいものへ替えた。曲目表の空欄には何も書き足さない。会計のレシートにも、題名を『未完の港湾組曲』と正確に打った。「完結版」や「遺作」という売り文句を添えず、未完を商品の状態として扱った。
「値引きはないんですね」
李央が言うと、店主は二枚の枚数を確認した。
「欠品ではありませんから」
店を出る前、李央は会社の端末を開いた。報告書の第五章には、実現性の低い代替案が七つ並んでいる。すべて削除した。第四章の末尾へ、事実を書く。
〈現条件での事業継続は不可能。今期をもって計画を終了する〉
先輩への敬意を示す言葉を足しかけ、やめた。敬意は、実現しない案を生かしておくことではなく、何ができなかったかを正確に残すことでも示せる。終えることと、否定することは同じではない。
ファイル名から「暫定」を消し、承認申請を送る。
送信時刻が記録され、報告書はそこで閉じた。
李央は二枚組を脇に抱えた。第四楽章の先を埋めないまま、初めてその音楽を持ち帰った。