終末騎手の厩
「馬は裏の厩へどうぞ」
大砂道の中継宿〈七轍亭〉で、主人カルヴェは旅人より先に馬へ水をやる。蹄を洗い、鞍傷へ薬を塗り、客の荷札を行き先ごとに分ける。風貌は冴えないが、荒馬でも彼の前ではおとなしかった。足を折った軍馬が翌朝には歩き、死んだはずの旅馬が一度だけ主人を家まで運んだという噂もある。カルヴェはどれも「馬が頑張った」と答えた。
厩番の少年オルテは、その秘密を馬好きだからだと思っていた。自分もいつか同じように馬と話せるようになりたくて、主人の指笛を何度も真似していた。
新月の夜、地平線から一頭の黒馬が駆けてきた。背には終末騎手。通った街の時間を止め、生者を石像に変える古い災厄だ。狙いは宿に身を隠す和平使節。騎手が槍を上げると、砂粒が空中で止まった。オルテの心臓も次の鼓動へ進めず、ただ意識だけが凍った夜の中に取り残される。
カルヴェは馬房の藁を替えていた。彼は黒馬へ向かって指笛を一度吹く。
黒馬の耳が立った。
騎手の命令を振り切り、馬は宿の裏手へ走る。カルヴェが厩の小扉を開けると、その向こうに星のない草原が広がった。黒馬は主人を乗せたまま飛び込み、扉が閉じる。騎手は槍をカルヴェへ投げたが、主人が手綱を掛ける釘へそれを掛けると、ただの古い馬具になった。槍も呪いも、止まった時間も一緒に消えた。
オルテだけは扉の隙間から見た。草原の果てに、歴代の魔王や災厄が番号札を下げてつながれているのを。そして門柱には、大魔法使い〈星飼い〉の紋章があった。
「親方、あそこは何なんです?」
「手に負えない馬の放牧地さ」
カルヴェは地面の蹄跡を熊手でならし、凍った砂時計を軽く叩いた。時間が動きだし、食堂から笑い声が戻る。和平使節は何も知らず、二杯目のスープを頼んだ。
朝、オルテが裏扉を確かめると、向こうには狭い干し草置き場しかない。ただ一束だけ、夜空の色をしたたてがみが引っかかっていた。
そこへ旅商人が馬を引いてきた。カルヴェはいつもどおり手綱を受け取り、何でもないことのように案内した。
「馬は裏の厩へどうぞ」