終電後の送別会
終電が出たあと、三人は空になったリビングの床で缶チューハイを開けた。家具はもうなく、輪染みだけがテーブルの形を残している。天井に声が反響し、いつもの会話まで、知らない人たちの送別会のように聞こえた。
「送別会なのに、送る人が三人いるの変だね」
国府田由衣が言った。
「全員主役なら、全員脇役」
長浜壱成が答える。
駒田亜樹は乾杯せず、一口飲んだ。
由衣は山間の町の地域おこし協力隊へ行く。壱成は都内の銀行。亜樹は大学を中退し、彫師の店で見習いになる。
「中退、親に言った?」
由衣が聞く。
「今日」
「殴られた?」
「電話切られた」
「それだけ?」
「期待より軽かった」
壱成は就活中、亜樹に何度もエントリーシートを送った。〈協調性〉〈計画性〉〈責任感〉。添削してくれた亜樹が、そのどれにも合わない道を選んだことが、裏切りのように思えていた。
「四年間、何だったんだよ」
壱成が言う。
「三年半」
「細かい」
「中退する人間には大事」
由衣が笑いかけたが、二人は笑わない。
「壱成こそ、銀行嫌いって言ってたじゃん」
亜樹が返す。
「内定ないよりましだろ」
「由衣も田舎暮らし馬鹿にしてた」
「都会で受からなかったからだよ」
缶の薄い金属音だけが響いた。三人は互いの夢ではなく、失敗の避難先を選んでいた。そのことを、他人に先に言われると腹が立つ。
由衣が二本目を開けた。
「じゃあ、正直に乾杯しよう。私は東京から逃げます」
壱成も缶を上げる。
「俺は無職から逃げます」
亜樹は少し考えた。
「私は卒業から逃げます」
三本が触れ、今度は全員が飲んだ。何かを祝ったわけではない。ただ、同じ嘘をつかない瞬間が最後に一度だけあった。
午前二時、壱成は始発まで会社の研修資料を読むと言い、寝室へ入った。由衣は役場から届いた移住案内を枕に眠った。亜樹は誰にも告げず、夜明け前に荷物を持って出た。
朝、床には缶が三本あった。亜樹の一本だけ半分残り、ぬるくなった液面に、もう消された部屋の灯りが揺れていた。