結び目一つの海戦
「結び目を一つほどくだけ? 水夫なら指でできる」
竜騎水軍の選抜で、オルピンは無能と笑われた。
【魔法:《解び》――視界内にある、人の手で結ばれた結び目一つをほどく】
切れない魔法縄でも、結び目がなければ使えない。一日に一度。オルピンは港の帆綱倉庫へ追いやられた。
彼は毎日、濡れた綱をほどいて干し、結び方ごとの癖を覚えた。どれほど長い縄も最後は一つの結び目で留まり、切れない縄ほど解くべき場所がはっきりする。
敵艦隊が現れた日、先頭には鎖海竜がいた。
島ほど大きな海竜の首へ白い魔法縄が巻かれ、敵の旗艦につながっている。竜は逆らうたび縄に焼かれ、苦痛で暴れて港の防波堤を砕いた。竜騎侯セヴァルは鎖を斬ろうとしたが、剣も火も白縄を傷つけられない。
「竜ごと沈めるしかない」
砲兵が照準を合わせる。
オルピンは望遠鏡で縄を追った。何十本にも見える拘束は、一本の長い縄を海竜の身体へ巻きつけたものだった。術式は縄そのものを不壊にするが、最後は旗艦の帆柱へ、普通の船乗り結びで留めてある。強い魔法ほど、結ぶ作業までは人の手に頼る。
「結び目へ近づければ、竜を撃たずに済みます」
セヴァルは小型竜艇を出した。砲弾の間を抜け、敵旗艦の横へ滑り込む。オルピンは帆柱に重なる白い輪を見た。
《解び》。
結び目が、誰にも触れられずするりとほどけた。
敵兵が縄を掴むより先に、海竜が首を振る。何重もの拘束が長い白蛇のように抜け、海へ落ちた。自由になった竜は港へ向かわず、まず自分を鞭打った旗艦を尾で持ち上げる。
敵艦隊の中央へ旗艦が落ち、船列が崩れた。
海竜はオルピンの竜艇へ鼻先を寄せ、礼をするように一度沈む。そのまま沖へ消えた。
選抜官が「結び目が見えたからだ」と言う。
セヴァルは自分の竜騎紐を外し、男の前で固く結んだ。
「見えても、我らは鎖ばかり斬っていた」
竜騎侯はその紐をオルピンへ差し出す。
「敵がどれほど強く縛ろうと、最後に人が結んだ一点を探せ。次の海戦では、おまえが先頭だ」