縮んだのは冬のせい
郡司田賢伍は、商店街で小さな仕立店を営んでいる。
冬の初め、常連の女性が古いコートを持ってきた。
「去年までは留まったのに」
前のボタンを引き寄せても、指二本ぶん届かない。
女性は少し恥ずかしそうに笑った。
「太ったのよね」
賢伍は生地を触り、真面目な顔で言った。
「羊毛が夏の湿気を忘れて、縮みました」
「そんなことある?」
「古い布は気まぐれです」
もちろん、そこまで縮んではいない。
けれど女性が自分の体を責める声を、これ以上聞きたくなかった。
店の奥で採寸し、脇の縫い代を少し出した。
前立てへ似た色の布を足し、ボタンの位置を変える。
作業中、女性は毎日午後に顔を出し、茶を飲んだ。
「まだ縮んでる?」
「今日は機嫌がいいです」
「布の?」
「店主の」
彼女は笑った。
一週間後、コートは無理なく留まった。
鏡の前で女性が肩を回す。
「やっぱり私が大きくなったんでしょう」
「コートも年を取って、融通が利かなくなった」
「賢伍さんも?」
「私は縫い代を残しています」
女性は裾の内側を覗いた。
足した布と、移したボタンの跡が見える。
「上手な嘘ね」
「何のことでしょう」
「冬のせいにしたこと」
賢伍は針山へ目を落とした。
「でも、助かった」
女性はそう言い、コートの前を撫でた。
「体へ合わせて服を直すのに、謝らなくていいものね」
「その通りです」
「最初からそう言えばよかったのに」
「仕立屋は、話すより縫う方が得意です」
二人は秘密にすることにした。
商店街で誰かにコートを褒められたら、「夏に少し縮んだので直した」と答える。
どちらが縮んだかは、店の奥に置いておく。
その冬、女性は毎週そのコートで店の前を通った。
雪の日には、ポケットへ焼き栗を入れて賢伍へ届けた。
紙袋を開けると、甘く焦げた香りがミシン油の匂いへ混じった。
賢伍は栗を一つ割り、温かな中身を食べた。
壁には、移す前のボタン位置を記した小さな糸印が残っている。
服も人も、去年と同じ形でなくてよい。
少し布を足し、優しい嘘を一針だけ入れれば、今年の冬へちょうどよく馴染むこともあった。