自転車置き場の流れ星
流星群が見えると聞いて、谷地澄玲は夜の学校へ戻った。
正確には、天文部の観測会で遅くなり、自転車置き場へ来ただけだった。雲が厚くて観測は中止。流れ星は一つも見えなかった。
「残念だったね」
暗がりから声がして、澄玲は悲鳴を飲み込んだ。津川叶士が、自転車の鍵を指で回していた。
「なんでいるの」
「サッカー部の片づけ。そっちは星?」
「雲」
最終バスは行っていた。叶士の家は駅の向こう、澄玲の家は駅の手前。方向は同じだった。
「途中まで乗る?」
叶士が荷台を叩いた。澄玲は一度断り、空を見上げ、もう一度バス停の時刻表を見てから乗った。
夜の通学路は、昼より狭かった。街灯の切れ目では、叶士の白いシャツだけが頼りだった。
「天文部って、星に願うの?」
「観測対象に私情を持ち込まない」
「じゃあ、流れ星を見たら?」
「発光時間を測る」
「夢がないな」
坂を下りきったところで、雲の隙間が少し開いた。澄玲は叶士の肩越しに空を見る。
一本の白い線が、暗闇を斜めに走った。
「あっ!」
思わず両手を離したため、自転車が揺れた。澄玲は慌てて叶士の腰につかまる。
「危ない!」
「見た?」
「何を」
「流れ星!」
「前見てた」
澄玲は悔しくなって、願いごとを三回唱える代わりに、見えた形を細かく説明した。叶士は「へえ」と言いながらペダルを踏み続けた。
叶士の背中は、坂を上るたび熱を持った。澄玲は星の話を続けながら、息が上がっている彼に気づかないふりをした。『次は観測会に来れば』と言うと、『サッカー部が休みなら』と答える。すぐに断らなかったことが、雲の切れ間よりうれしかった。街灯の下で二人の影が重なり、離れ、また重なった。
駅前で降りると、彼が空を見上げた。
「俺の願い、もう叶ったかも」
「見てないのに?」
「流れ星じゃないやつに頼んだ」
何のことか聞く前に、叶士は走り去った。
翌日、澄玲は観測記録にこう書いた。
『流星一。発光時間、約一秒。願いごと、観測不能。』
その下に、誰にも見せない字で付け足した。
『自転車の後ろに乗った時間、十一分。こちらは記録済み。』