舞台袖の安全ピン
文化祭の劇で、親友はヒロイン役になった。
相手役は、私たちが同じように好きな人だった。
私は衣装係。
本番直前、親友のドレスの肩紐が切れた。
「動かないで」
舞台袖でしゃがみ、安全ピンを留める。親友の肩が震えていた。
「緊張?」
「別の意味で」
劇の最後には告白の場面がある。台本上の言葉だと分かっていても、親友は一週間前から眠れないと言っていた。
私だって同じだった。
好きな人が誰かへ「君が好きだ」と言う声を、幕の陰で聞かなければならない。
「交代する?」
意地悪で言ったつもりはなかった。
親友は首を振った。
「逃げたら、あなたにもっと失礼」
開演のベルが鳴った。
劇は順調に進んだ。親友は台詞を一度も間違えず、好きな人は練習よりずっと優しい声を出した。
最後の場面。
「君が好きだ」
体育館に響いた。
台本どおりなのに、親友の目から本当の涙が落ちた。
客席が静まり返る。
親友は次の台詞を言った。
「私も、ずっと」
そこまでは台本どおり。
そのあと、口だけがもう一度動いた。
たぶん、好きな人にしか聞こえない声で。
幕が下りる。
大きな拍手。
舞台袖へ戻った親友は、私を見て泣いた。
「言っちゃった」
「何を」
「本当にも好きって」
私は安全ピンの残りを握りしめた。針が指へ刺さり、赤い点が出た。
好きな人が追ってきた。
「返事、あとでしてもいい?」
親友はうなずいた。
その顔を見て、私は結末が分かった。困っている顔ではなく、嬉しさを隠している顔だった。
「衣装、着替えて」
私は二人を引き離すように言った。
声が強すぎた。
親友は何も言わず、更衣室へ向かった。
片づけの間、私は舞台袖で一人になった。照明の熱が残り、幕の向こうでは観客が次の出し物を待っている。
涙が落ちた。
手の傷より、胸が痛かった。
しばらくして、親友が戻ってきた。制服に着替え、ドレスを抱えている。
「返事、もらった」
私は聞かなかった。
親友は安全ピンを一つ外し、私の手のひらへ置いた。
「これ、ありがとう」
「返さなくていい」
「返したい。私だけ留めてもらうの、ずるいから」
意味はよく分からなかった。
それでも私は受け取った。
翌年、私は演出を担当した。親友と好きだった人は客席で隣に座っていた。
幕が上がる直前、胸ポケットの安全ピンに触れた。
留められなかったものもある。けれど、破れたまま舞台へ出なくてよかった気持ちもある。
私は照明へ合図を出した。