花嫁を待つ百二十皿
披露宴の主菜が出る七分前、厨房のパッセに「入場が十五分遅れる」と連絡が入った。百二十人分の真鯛は皮目を焼かれ、最後の火入れを待っている。
有馬木乃の横で、料理長がサラマンダーの点火を命じた。
「先に仕上げて保温する。遅れを取り戻すぞ」
パッセの上では温めた皿が重なり、盛り付け担当の手が止まっていた。宴会厨房では、遅れそのものより、遅れが何分か分からない時間が料理を傷める。会場は「十五分」と言うが、扉が開くまでは一分も確定していない。
木乃は宴会場の進行表を見た。遅れているのは入場だけではない。その後に乾杯と映像がある。今仕上げれば、客が箸を取るまで二十分以上ある。高い温度で保てば身は乾き、蓋をすれば皮が蒸れる。
彼女は百二十皿を一度に進めず、宴会場の配膳口に近い順で四十皿ずつ三群に分けた。最初の群だけを直前まで進め、残りは冷えない場所へ下げる。ソースは鍋で保ち、皿へ流すのを魚が出る瞬間まで待つよう盛り付け担当へ伝えた。
「全皿同時が決まりだ」と料理長が言った。
「同時に客席へ着けるために、厨房ではずらします」
皿の置き場所にも番号を振った。先に出す四十皿は右、次は中央、最後は左。応援に来たスタッフが順番を聞かなくても動けるようにする。魚の身を指で押す代わりに、試しの一枚だけを割って火の入り方を確かめ、残りには触れなかった。
木乃は宴会係に、最初の扉が開いた時点で合図を一本入れてもらった。合図からサラマンダーへ入れる時間、皿へ移す時間、会場を半周する時間を逆算する。最初の四十皿が客席へ出た時、二群目の皮が音を立てた。最後の皿まで、ソースの膜も皮の張りも同じだった。
回収された一枚目の皿には、乾いた魚の欠片も、固まったソースも残っていなかった。木乃はそれを確認してから次へ移った。
花嫁が一口食べる映像が厨房の小さなモニターに映り、料理長は何も言わず進行表を畳んだ。
その直後、司会者の声が聞こえた。
「ここで新郎のお父様から、予定にはないお祝いのお言葉です」
デザート担当が一斉に木乃を見た。彼女は次の百二十皿を三群に分け始めた。