花束を選ぶ相手
「花は、言えないことの代わりになるよ」
桜庭芽依は、花店の前で立ち止まった綾部春樹へそう教えた。
春樹は誰かへ花束を贈りたいらしい。色も本数も決められず、買い物に付き合ってほしいと芽依を呼び出した。
二人は七年の友達だった。落ち込んだ夜は互いを呼び、誕生日には一番に連絡する。それでも恋愛の話になると、春樹は「芽依は大事な友達」と言った。その言葉がある限り、芽依は隣にいられた。
店内で、春樹は淡い黄色のチューリップを手に取った。
「これ、どう?」
「明るい人なら似合う」
「白も入れたい」
「相手、清楚な感じ?」
尋ねるほど胸が痛んだが、芽依は笑って花を足した。包み紙は薄い青。リボンは春樹が選んだ。
「メッセージカードは?」
店員に聞かれ、春樹はしばらく迷った末、《いつもありがとう》とだけ書いた。
ありふれた言葉だった。それでも自分宛てではないと思えば、芽依には十分だった。
店を出ると、春樹は紙袋から花束を取り出し、そのまま芽依へ差し出した。
「持ってて」
「渡す相手のところまで?」
「もう着いた」
芽依は花束と春樹を見比べた。彼はポケットから二枚の切符を出す。来週開かれる夜の植物園の入場券。さらに、翌月の芽依の誕生日には、二人分のレストラン予約が入っていた。
「ありがとうだけ?」
芽依がカードを指すと、春樹は首を振った。
「言葉にしたら、また友達ってつけそうだから」
代わりに彼は、花束を持つ芽依の空いた手を取った。指を絡め、駅へ向かって歩き出す。芽依が立ち止まっても、手は離れない。
「春樹」
初めて名字を外して呼ぶと、彼は振り返った。
芽依は花束のリボンをほどき、半分を彼の手首へ結ぶ。もう半分は自分の手首に残したまま、来週の予定を承諾する。
「花は、言えないことの代わりになるって言ったけど」
「うん」
「次は、言えるようになってから持ってきて」
春樹はつないだ手を握り直した。
花束が代わりにしたのは告白ではない。
友達という言葉を外しても、次の約束を渡すという決心だった。