茄子の揚げ浸し
理玖斗は、夏になると母の茄子の揚げ浸しを思い出す。
今年は帰省できず、自分で作ることにした。
茄子へ切れ目を入れ、油へ落とす。皮が紫から鮮やかな紺へ変わる。油の音は大きく、狭い部屋が一気に暑くなった。
出汁、醤油、味醂を合わせ、生姜をすりおろす。揚げた茄子を熱いうちに浸す。
母へ写真を送ると、すぐ電話が来た。
「皮を下にして揚げた?」
「どっちでも同じじゃないの」
「色が違う」
画面越しに茄子を裏返して見せる。母は少し暗いと言う。
冷蔵庫で冷やし、夜に食べた。出汁を吸った茄子は箸で崩れ、生姜の辛さが後から来る。味は悪くない。
翌朝、さらに味が染みていた。弁当へ入れると汁が漏れそうなので、自宅の昼に残す。
休日、同僚の夕星が荷物を届けに来た。少しだけ食べてもらう。
「冷たいのに、油の味は温かいね」
母からは聞いたことのない感想だった。
次の週、もう一度作った。今度は皮を下にする。確かに色が明るい。
写真を送ると、母から丸印だけ返ってきた。
窓の外で蝉が鳴き、冷蔵庫から出した鉢の表面に水滴がつく。冷たい出汁から生姜と油の香りが立ち、遠い実家の台所と今の部屋を、夏の一皿が静かにつないだ。
帰省できた翌夏、理玖斗は母と並んで茄子を揚げた。皮を下に、切り口をあとに。母の手順は電話で聞いたより速い。出来上がった鉢を冷蔵庫へ入れ、夕星にも写真を送る。〈今度は温かそうな色〉と返事が来た。食卓で母へその感想を伝えると、「冷やして食べるのに」と笑う。翌朝の茄子は出汁を吸い、紺色がさらに深くなった。冷たい一切れを噛むと、遠い部屋で一人作った油の熱まで生姜の香りと一緒に戻った。
母は空になった鉢へ新しい出汁を少し足し、焼いた南瓜を浸した。料理は同じ形でなくても続くらしい。理玖斗はその味も覚え、帰る日の鞄へ生姜を一かけ入れた。
帰宅後、鞄の生姜をすり、今度は南瓜を浸した。実家と違う部屋にも、同じ油と出汁の湯気が上がった。