茶畑の昼寝札
柊木田拓弦は、勤務先の工場が閉鎖され、突然仕事を失った。
会社からは再就職支援の資料を渡された。帰宅してすぐ登録し、三日で十社へ応募したが、画面を見続けるうち、自分が何をしたいのか分からなくなった。
姉に勧められ、茶畑の町へ二泊した。
宿は農家の離れで、朝食後に「暇なら畑へ」と言われた。
拓弦は働きに来たわけではないと思ったが、部屋で求人票を見るよりましだった。
茶摘みの季節ではなく、畑では古い葉を整える作業をしていた。
宿の主人は鋏を渡し、長く飛び出した枝だけ切るよう教えた。
「全部同じ高さにしなくていいんですか」
「機械じゃなく手でやる日は、目につく分だけ」
拓弦は一列をきれいにそろえようとした。
昼前には腕が重く、主人の倍近く時間がかかる。
「真面目だね」
「仕事なら、遅い方です」
「これは仕事じゃないから、昼飯が遅くなるだけ」
昼食は畑の脇の小屋で食べた。
塩むすび、沢庵、茶葉を混ぜた卵焼き。新茶を冷ました水筒から、青く甘い香りがした。
主人は食後、木札を小屋の前へ掛けた。
〈昼寝中〉
「何時までですか」
「起きるまで」
拓弦は冗談だと思ったが、主人は本当にござへ横になった。
拓弦も壁へもたれた。
茶畑の風は葉を同じ方向へ撫で、遠くで草刈り機が低く鳴る。求人サイトを開く気力もなく、目を閉じた。
目覚めると一時間近くたっていた。
誰からも連絡はなく、畑も逃げていない。
「仕事を失ってから、休むと遅れる気がして」
拓弦が言うと、主人は木札を裏返した。
〈起きました〉
「どこへ遅れるか決まってから、急げばいい」
帰る日、拓弦は再就職資料を鞄の底へ入れた。
応募を全部やめるわけではない。ただ一週間、何を作る仕事が好きだったのか思い出す時間を取ることにした。
工場では機械の調整が好きだった。壊れかけた音を聞き分け、少しずつ直す作業だ。
宿の主人は、茶葉入りの卵焼きを包んでくれた。
列車で開くと、卵の甘さと茶のほろ苦い香りが広がった。
拓弦は窓へ流れる畑を見ながら、次の行き先を決める前に、まず自分へ〈昼寝中〉の札を掛けてもよいと思った。