落とされた札
市役所の臨時職員、千羽達樹は、捨代村の「捨て札祭」をデジタルアーカイブ化していた。二十三歳。行列の参加者は名前を書いた木札を背負い、村外れの焼却場まで歩く。
古い写真では、札を落とした人だけ行列から消え、翌年には別の人物が同じ札を背負っている。祭りは厄を捨てるためではなく、『人から名前を外し、余った方を捨てる』行事だとする論文もあった。達樹は根拠の薄い解釈だと思い、自治体資料には採用しなかった。
引き継ぎフォルダの最上段に、赤字の注意があった。
《行列から落ちた木札を拾ってはいけない》
焼却場からは甘い木の煙が流れ、行列の足音は人数より一つ少なかった。誰かが札を落とすたび、空いた足音だけが達樹のすぐ後ろへ近づいた。
祭りの途中、達樹の足元へ一枚の札が落ちた。泥で汚れていたが、表には「千羽達樹」と読める。自分は行列に参加していないし、札を書いた覚えもない。
証拠として撮影するだけのつもりだった。しかし裏返さなければ管理番号が分からない。達樹は一度だけ札を拾った。
裏には今日の日付と、「拾得済」の焼印があった。行列の人々が一斉に立ち止まり、背中の札をこちらへ向ける。どの札にも達樹の名前が書かれていた。
手を離すと札は泥へ沈み、行列は再び進んだ。写真には何も写っていない。達樹は報告書からその件を削った。
同僚は達樹を見て挨拶するのに、数秒後には誰と話したか忘れた顔になった。名札の印字も日ごと薄くなった。
翌週、市の落とし物通知アプリから、本人確認済みの案内が届いた。
《あなたに関する拾得物が届いています》
品目は「千羽達樹 一体」。特徴欄には身長、体重、右手の古傷まで正確に記載されている。保管場所は捨代村公民館。受取期限は当日だった。
窓口へ電話すると、自動音声が流れた。
「拾得物はすでにご本人がお受け取りになりました」
達樹は職場にいる。だが入庁記録を見ると、同じ社員番号の人物が一時間前に退庁していた。監視カメラの静止画には、木札を首から下げた達樹が写っている。
夕方、アプリがもう一度鳴った。
《所有者不明のため、残った方を処分しました》
どちらが残った方なのか確認するボタンはなかった。