葬儀の録音
夫の葬儀で、私は初めて彼の声を止められた。
遺影の前で、私は参列者へ小さな録音機を見せた。祭壇には白い花が並び、誰も私の隣へ座ろうとしなかった。生前、夫が私に浴びせた言葉を残したものだ。警察には事故死と伝わっているが、私はこの場で、彼が家庭内でどれほど恐ろしかったかだけは知ってほしかった。
『触るな』
『そこから離れろ』
『また嘘をつくのか』
短い怒声が流れるたび、親族は目を伏せた。私は録音の前後を切り、夫の声だけが残るよう編集していた。息を呑む自分の声を少し入れたのは、恐怖が伝わると思ったからだ。夫は外では穏やかだったから、私の訴えを信じる人はいなかった。腕の痣を見せても、転んだだけだと言われた。
録音の冒頭には、必ず金属がグラスへ当たる音が二度入っていた。夫が酒を飲みながら怒鳴っていた証拠だと思っていた。遺影は胸から上だけに切り取った。手首に包帯を巻いた最後の写真を、皆に見せたくなかったからだ。
「これで、あの人がどんな人だったか分かってもらえます」
私は再生を止めた。録音機には、まだ十二秒残っていた。
夫の録音機は、保存するたび自動で弟の端末へ複製を送る設定だった。私はそれを知らなかった。
夫の弟が立ち上がった。
「続きも聞かせてください」
「もう十分でしょう」
「警察から頼まれています」
式場の後ろで二人の刑事が立った。弟は同じ録音の複製を再生した。私が切った部分の直前から始まる。
金属音は酒ではなかった。台所で包丁がグラスに触れた音だった。
『触るな。薬を入れたその水に』
『そこから離れろ。もう警察を呼んだ』
『また嘘をつくのか。自分で痣を作って、僕が殴ったと』
続いて私の声が入る。
『死ねば、みんな私を信じる』
遺影から切った両手首の包帯は、私の包丁を止めたときの傷だった。夫の死因は事故ではなく、飲み物に混ぜられた薬。金属音のあと、彼はグラスを取り違えていた。
夫の声を止めた被害者ではない。
夫が残した声に、葬儀で告発された加害者だった。