葱の焦げた先

 芦田岳は、土曜の予定を聞かれると、反射的に「空いています」と答えてしまう。

 今週もそうだった。金曜の夕方、課長から「明日の障害対応、出られるよな」と言われ、友人との約束をキャンセルした。友人からは「また次で」と返ってきたが、その『次』は三回続けて先送りになっている。作業が終わったのは日曜の午前二時。月曜からまた通常勤務が始まり、今夜も二十三時を過ぎた。

 岳は疲れているのに、課長へ腹を立てきれなかった。空いていると言ったのは自分だ。断る理由を説明するのが面倒で、期待に応える人を演じた。頼みやすい人でいることと、信頼される人でいることを、いつの間にか同じにしていた。

 帰り道の居酒屋には、店主と岳しかいなかった。

「焼き葱を」

 太い長葱が一本、網へ載せられた。

 水分がはじけて、じゅっ、じゅっと短い音を立てる。表面の薄皮が黒く焦げるにつれ、青い匂いが消え、代わりに甘い香りが漂った。皿の葱を箸で押すと、中から透き通った湯気が逃げた。

 岳は焦げを避けて白い部分だけ食べた。熱さのあと、驚くほど強い甘みが来た。

「黒いところ、取りますか」

 店主が尋ねた。

 岳は少し考えた。

「残してください」

 焦げた皮も一緒に噛むと、苦みが甘さを輪郭づけた。

 スマートフォンの予定表では、次の土曜も空白だった。岳はそこへ「予定あり」と入力した。具体的な用事はない。午前中に眠り、洗濯をして、壊れかけたイヤホンを買い替える。それだけだ。誰かに説明すれば取るに足らない予定でも、岳にとっては削られ続けた一日の形だった。

 明日、課長には先に伝える。次の土曜は対応できません。理由を求められても、私用です、とだけ答える。代わりの当番が決まらなければ平日の引き継ぎを整える。

 課長が納得するとは限らない。障害は予定どおりに起きないし、結局呼び出される可能性もある。

 それでも、自分の休みを空白のまま差し出すのはやめる。

 葱の最後の一片は、焦げの苦さを少し残しながら、芯まで熱く甘かった。岳は舌を冷まさず、その温度のまま店を出た。