薬草畑を焼いた火印
春の朝、薬師ティルネア・カドの畑を、ロシュガル・ベル伯爵の兵が松明で囲んだ。
「疫病草が見つかった。畑は焼却し、この土地は領主が接収する」
畑には熱冷ましの月葉が育ち、村の診療所が一年使う分をまかなっていた。病人の家族が止めようとすると、伯爵は馬上から笑う。
「薬がなくなれば、私の城の治療院へ来ればよい。銀貨を払える者だけだがな」
ティルネアは土を一握りし、病斑がないことを確かめた。
「焼却には王立防疫局の認定番号が必要です」
「番号など後で作らせる」
「では、領主判断による緊急焼却として命令書へ署名を」
ロシュガルは兵から板を奪い、〈疫病確認前に全草焼却。焼却後の土地は伯爵家狩猟館用地とする〉と書いた。隠す気すらない。彼は印章を押し、先頭の兵へ松明を下ろすよう命じた。
火が畑の縁へ触れた瞬間、地中から青い炎が立った。草を焼く炎ではない。防火境界石の記録火である。
王国の薬草指定地には、無許可の火が入ると、点火者と命令者の魔力を写す石が埋められている。青い炎の中に、伯爵の署名と狩猟館の文字が大きく浮かんだ。
「消せ! 疫病が広がるぞ!」
「広がる疫病はありません」
街道から白衣の防疫官たちが駆け込んだ。昨夜、伯爵家が申請した〈疫病草発見〉の報告を不審に思い、土壌検査へ来たのだ。検査水晶は澄んだまま、病原反応はゼロを示している。
防疫官は伯爵の申請書も広げた。発見者欄には、三年前に死亡した薬師の名が使われていた。その隣には申請を承認したロシュガルの印がある。
兵たちは松明を泥へ落とした。ティルネアは燃えかけた月葉を摘み、火傷した葉だけを切り離す。畑の大半は境界石の防壁に守られていた。診療所から来た子どもが駆け寄り、無事な月葉の籠を胸に抱えた。
防疫官長は記録火を封じた瓶と、伯爵自身が書いた命令書を並べた。
「ロシュガル・ベル。防疫報告偽造、指定薬草地への放火未遂および土地収奪の容疑により、王立防疫局は貴殿を逮捕する」