補聴器は答えを受け取らない
英語のリスニング試験終了後、松葉井依鈴は監督教師に呼び止められた。
「その補聴器、外部通信ができますね」
成績上位の綾瀬野真理が、試験中に依鈴の端末から音声が漏れたと証言した。机の下からは、小型送信機まで見つかった。
依鈴は生まれつき聴力が弱く、学校の許可を得てデジタル補聴器を使っている。試験音声は、教師用送信機から補聴器へ直接届けられる仕組みだった。
「配慮を悪用したのなら、重大です」
教師の言葉に、教室が静まる。
依鈴は補聴器を外さず、支援担当教員を呼ぶよう求めた。
専用アプリには、接続履歴が秒単位で残る。試験中、補聴器が受信したのは学校登録済みの送信機一台だけ。机下の機器とは、一度も接続していなかった。むしろその送信機の登録先は、綾瀬野のスマートフォンだった。
綾瀬野は、依鈴が勝手に接続したのだと言う。
そこで教室の監視映像が再生された。試験前、綾瀬野が依鈴の席へしゃがみ、机の裏へ送信機を貼っている。監督教師は廊下から戻り、その様子を見ても止めなかった。
支援担当教員は、試験用送信機の管理アプリも開いた。音声配信は試験問題だけのはずだったが、開始七分前に別の音声ファイルが登録されている。内容は解答番号の読み上げ。登録者は監督教師だった。配信先は依鈴ではなく、綾瀬野が制服の下に隠していた市販イヤホンだった。
教室の天井マイクには、試験前の二人の会話も残っていた。
『補聴器の子なら、機械が見つかっても疑われる』
校長はその場で試験を保全し、綾瀬野の答案を無効、監督教師を職務停止にした。依鈴の答案は、支援条件を守って受験した正式なものとして採点される。
綾瀬野が泣きながら、「ずるいのは特別扱いのほうだ」と言った。
支援担当教員は静かに返した。
「同じ問題を受け取れるようにすることは、ずるではありません」
校長が調査記録へ〈松葉井依鈴、不正接続なし〉と入力する。
補聴器へ接続完了の澄んだ音が一度だけ鳴った瞬間、依鈴が受け取ったのは答えではなく、奪われかけた公平さだった。