褒め言葉だけの評価面談

人事評価の日、唐津部長は八千代奏を会議室へ入れるなり、満面の笑みを浮かべた。

「君には期待しているよ。だから評価は最低だ」

机上の画面には、全項目ゼロが並んでいた。

「今期の受注は目標の百三十%です」

「数字だけ取れても、君は可愛げがない。朝、私へコーヒーを出さない。飲み会も断る。そういう人間は組織に要らない」

唐津は普段、皆の前では奏を〈将来有望〉と褒めた。その直後に仕事を取り上げ、廊下ですれ違えば〈まだ辞めないのか〉と囁く。相談しても、録音のない場所だけを選んでいた。

「この評価へ同意の署名を。拒否すれば協調性もゼロにする」

「理由を正式に記録していただけますか」

「もちろん。君を思って厳しくしている、と書いておく」

唐津は面談システムの〈記録開始〉へ自分でチェックを入れた。評価を確定するには、管理職の音声認証が必要だったからだ。

画面の隅で、小さな文字が点滅する。

〈人事監査AIによる全文保存中〉

唐津は読まずに続けた。

「泣かせて、居づらくして、自己都合で辞めさせる。会社が退職金を払わずに済む。これも管理職の腕だよ」

奏が黙っていると、彼は勝ったと思ったらしい。

「どうした。反論できないなら署名しろ」

画面が切り替わった。

〈不適切評価を検知。監査担当者を招集します〉

会議室の鍵が解除され、人事本部長と法務担当が入ってくる。唐津は慌てて評価を閉じようとしたが、確定前の音声も会社の保全庫へ送られていた。

「冗談ですよ。彼女を奮起させるための」

人事本部長が、売上記録を画面へ並べた。奏の受注率、顧客継続率、処理速度はいずれも部署首位だった。一方で、ゼロ評価を付けた理由欄は空白。唐津が入力したのは〈飲み会不参加〉だけだった。

「八千代さん、署名は不要です。評価は無効にします」

奏はペンを机へ置いた。

人事本部長は別の電子書類を唐津の端末へ送る。今度は拒否欄のない通知だった。

「唐津浩一。退職強要と評価権限の濫用により、懲戒解雇を通告します」