解体予定地のボタン
建物を壊す日は、各階に後悔販売機を一台ずつ置く。最後にその部屋を使った者が、室内の何か一つについて後悔を書き、解体開始ボタンの代わりに投入する。人ではなく部屋に向けた後悔でなければ受理されない。空室の場合は、設計者が書く。
野路は二十九歳で、自分が初めて設計補助をした保育園の解体に立ち会った。閉園して二年、園児も職員もいない。一階の遊戯室と調理室は元職員が済ませたが、二階の「青組」だけ、最後の担任と連絡がつかなかった。
現場監督が言った。
「図面に判子あるなら、野路さんでいいですよ」
野路の判子は、窓まわり詳細図の隅にあった。当時、彼は南側の窓を床から一・四メートルにした。転落防止には十分で、法規にも通った。だが四歳児には高すぎ、空を見るには椅子が必要だった。園長は下げてほしいと言った。上司は工程が遅れると答え、野路は黙った。
青組の床に、自動販売機が置かれている。窓の外では重機が待っていた。
〈窓を高くしたこと〉と書く。機械は〈対象は部屋、行為は人〉と返した。
〈青組から空が見えにくかったこと〉。今度は〈事実のみ。後悔なし〉。
監督が時計を見る。野路は、壁に残った子どもの身長線を眺めた。最も高い線でも、窓枠に届いていない。
最後の紙に書く。
〈青組に、椅子へ乗らなければ見えない空を置いたこと〉
機械が紙を飲み、屋外の重機に始動灯がついた。商品口から、緑色のプラスチック片が落ちる。非常口の人型だけを切り取った、指先ほどの標識だった。
野路はそれを拾い、解体区域の外へ出た。背後で壁が崩れ、窓が空の高さまで落ちた。掌の標識では、小さな白い人が出口と反対を向き、一本の青いクレヨンを抱えていた。
解体後、野路は標識を新しい図面ケースへ入れた。翌朝、白い人型は出口の方へ戻っていたが、青いクレヨンだけが消えていた。ケースを開くと、図面の窓寸法「一四〇〇」の下に青い線が一本引かれ、線の端には指先ほどの木製椅子が逆さに置かれていた。