解約手数料は恋人一人

室井隆成は毎月十日、身に覚えのない《忘却プラン》へ六千円を払う。契約した記憶は思い出せず、解約すると、契約中にその記憶から派生した出来事まで一緒に消える。心の傷を別の誰かで埋め、料金だけ止める利用者を防ぐ規則だった。

隆成は何を忘れたのか知らない。三年前の契約開始日だけが履歴に残っている。請求名には対象者の名前すら出ず、問い合わせても「忘却効果を守るため」と回答されるだけだった。

恋人の菜月は、その請求を嫌っていた。

「元カノでしょ」

「覚えてないんだから、もう関係ない」

「覚えてない人に毎月六千円払ってる方が嫌」

二人は結婚を決め、家計をまとめることになった。菜月は新居の頭金を計算し、忘却プランの解約を条件にした。隆成も笑って同意した。過去より、目の前の相手を選ぶだけだ。プロポーズに使った指輪も、二人で選んだ家具も、忘れた誰かとは関係がないと信じていた。

出勤前、二人で解約画面を開いた。

〈派生記憶を算定しています〉

一覧が表示された。

《契約後に選択した交際相手》

《契約記憶と類似する場所》

《契約記憶を回避するための生活行動》

交際相手の欄に、菜月の名前があった。

隆成は冗談だと思った。詳細を押す。菜月と初めて会った店、好きになった横顔、告白を決めた夜。そのすべてに《契約記憶の代替反応》と印が付いている。

「私が、誰かの代わりってこと?」

隆成には答えられない。元の記憶がない以上、否定する材料もなかった。

解約手数料の見積もりが出た。

〈金銭請求なし〉

〈派生記憶一千四百二件を消去します〉

〈対象人物:瀬戸菜月〉

菜月は黙って端末を置いた。

「続ければいい」と言った声は冷たかった。「私を覚えている料金だと思えば」

その月から、隆成は結婚資金とは別に六千円を払い続けた。支払い日は、菜月が必ず横で見ていた。

一年後の式当日、決済エラーが起きた。

隆成は祭壇の前で、白いドレスの女を見た。美しいと思った。だが、なぜ自分を見て泣いているのか分からない。

端末には一行だけ出ていた。

〈派生記憶を解約手数料として受領しました〉