診察台から降りる権利

宮廷医たちは、ティルダを診察台へ横たえようとした。

皇帝オルフェグとの婚姻前検査だという。子を産めるか、病を持たないか、帝国のために調べるらしい。

ティルダは白い布を握った。

「受けたくありません」

医師長は聞こえないふりをした。

「すぐ終わります。陛下の御前へ出る以上、必要です」

扉が開き、オルフェグが入る。戦場で一度も撤退せず、敵国の城を三日で落とした皇帝だ。医師たちは一斉に跪いた。

彼は診察台ではなく、ティルダの裸足を見た。

「床が冷たい」

外套を畳み、彼女の足元へ置く。以前、冷えた石に立つと足がつると言ったことを覚えていた。

「靴を履くか」

「はい」

靴を履き終えるまで、皇帝は誰にも話を進めさせなかった。

医師長が婚姻検査の説明を始める。

「皇統の安全のため――」

「受けないと言った」

オルフェグの声で、器具台の銀盆が震えた。

「ですが、陛下も後継を」

「余の都合だ。彼女の身体を検品する理由にはならない」

ティルダは診察台から降りた。

宰相が駆け込んでくる。

「検査拒否なら婚約を破棄すると公表せねば、他家への示しがつきません」

ティルダの胸が痛む。皇帝を失いたいわけではない。ただ、拒めない結婚には入りたくなかった。

オルフェグは彼女へ尋ねる。

「婚約そのものも、今やめたいか」

「今日は決められません」

「分かった」

彼は婚約成立の布告を破棄し、「回答保留」と書き直した。

医師長がなお、健康証明だけでもと迫る。

皇帝は診察室の扉を開け、ティルダの進路を空ける。

「帰っていい」

「陛下は?」

「ここを片づけさせる」

ティルダが廊下へ出たあと、皇帝の命令が病院中に響いた。

廊下へ出る前、ティルダは振り返った。

「保留にしたら、陛下は怒りますか」

「怒らない」

「がっかりは?」

オルフェグは少しだけ黙った。

「するかもしれない。だが、それは余が自分で扱う感情だ。おまえに解消させる義務はない」

優しさを装って感情の責任を負わせない。その答えを聞いて、ティルダは自分の足で診察室を出た。

「本人が望まぬ婚姻検査を禁ずる。帝国の未来を理由に、ティルダの身体から現在の権利を奪うな」