試験鐘が王冠を鳴らした
「魔力ゼロの音など、鐘は聞かん」
音律魔法科の教官ミレウスは、橘川怜に小さな銀槌を押しつけた。課題は試験鐘を一度鳴らし、音に魔力を乗せること。鐘は魔力量に応じて色を変え、優秀者なら金色に輝く。
怜は鐘の表面に、何度も削られた古い銘文を見つけた。今の王家の紋章で上塗りされているが、下には「すべての者は自らの足で立つ」と刻まれている。
怜が槌を構えると、王族の受験生が横から割り込んだ。彼の一撃で鐘は紫に燃え、観覧席から歓声が上がる。だが紫の音は学院地下へ染み込み、封じられていた王権魔具を誤作動させた。
壁の紋章が次々と光る。生徒の首元へ服従環が現れ、王族以外を強制的に跪かせ始めた。治療役も警備兵も床へ押さえつけられ、立っているのは王家の血を引く者だけになる。割り込んだ受験生は恐怖より先に笑い、自分へ頭を下げるよう全員へ命じた。
怜も膝を押されたが、立ったまま鐘を見た。
転移前、彼は調律師だった。こちらの世界で得た力は、音を大きくするものではない。
《能力・原音回帰――鳴っているものを、一度だけ最初に与えられた音へ戻す》
怜は銀槌で鐘の縁へ触れた。
澄んだ一音が広がった。
紫の輝きが剥がれ、服従環が砕ける。鐘の奥から現れたのは、千年前、この国で最初の王が戴冠した日の音だった。学院の塔、城の鐘、街道の標石まで同じ旋律で共鳴する。
観覧席に飾られていた現王の王冠が宙へ浮いた。
王冠は王族の受験生を通り過ぎ、怜の前まで来ると、まるで頭を垂れるように床へ降りた。試験鐘の測定文字は金でも紫でもなく、《始祖音・正統》と刻まれ、石板ごとひび割れる。
怜は王冠へ手を伸ばさなかった。鐘を二度鳴らすこともしない。
教官ミレウスが跪いたまま顔を上げる。王宮から視察に来ていた女王アデライドだけが、自らの席から立ち、王冠を拾って怜へ差し出した。
「これは即位の勧めではありません」
女王は微笑まず、正式な臣下の礼をした。
「国が、あなたの音を聞いたという報告です」
実技場にいた全員が、今度は命令されずに立ち上がった。