講義録画の終了ボタン

大学の教員会議で、匡臣は妻の佳澄を指さした。

「図書館職員の立場を利用して、私と助手の若葉を監視した。嫉妬による職権乱用だ。離婚後は大学からも去ってもらう」

若葉は俯いて被害者の顔を作っていた。匡臣はすでに佳澄の上司へ「情緒不安定な妻が研究を妨害している」という申立書を提出し、若葉にも証人として署名させている。会議の目的は事情聴取ではなく、佳澄へ自主退職を認めさせることだった。だが彼女の首には、佳澄が結婚記念日に贈ったはずの匡臣のネクタイピンが下がっている。

匡臣は二人きりの研究指導だと言い張り、関係が始まったのは昨夜、離婚を告げた後だと説明した。

「疑うなら記録を調べればいい。私の講義は全て録画されている。潔白は映像が証明する」

学部長が管理画面を開く。匡臣は毎年、学生の出席を厳しく監視するため、教室へ自動録画を導入させていた。開始も終了も顔認証で行い、教員本人しか編集できない。

映像には先月の夜、最後の学生が出た後の教室が映った。図書館の保存容量警告に、未終了の講義動画が自動添付されていたため発見されたもので、佳澄が二人を尾行したわけではない。

匡臣が若葉を抱き寄せる。

『妻には補講と言ってある。図書館の女なんて、研究者の俺に逆らえない』

『教授になったら離婚してくれる?』

『もちろん。佳澄に学内不正の濡れ衣を着せれば、慰謝料も払わず追い出せる』

そこで映像は終わるはずだった。しかし匡臣は終了ボタンを押し忘れ、二時間分の会話が公式サーバーへ保存されていた。翌週も、その翌週も同じだった。

「誰かが捏造した!」

匡臣は叫び、自分の認証履歴を示そうとした。画面には《録画原本確認済み・確認者 匡臣》と表示された。保存容量を減らす申請の際、彼自身が内容を見ずに一括承認していたのだ。

佳澄は机へ大学職員証を置かなかった。辞めるべきなのは自分ではない。結婚指輪だけを外し、離婚届へ静かに署名した。

学部長は倫理委員会の決定書を開く。

「准教授・匡臣および助手・若葉に対する、懲戒解雇処分を読み上げる」