象の磁石の住所

常盤慎吾と養母の静乃は、退去期限の朝に冷蔵庫を運び出していた。

静乃の店が閉まり、家賃を払えなくなった。慎吾は自分の一人暮らしの部屋へ来ればいいと言ったが、静乃は市営住宅へ申し込んだ。

「狭いし、あんたの生活がある」

「今さら遠慮するなよ」

「今さらだからするの」

二人は冷蔵庫の中身を保冷箱へ移した。豆腐、卵、半分の大根。扉のポケットから、慎吾が小学生のとき集めた磁石が出てきた。動物園の象、観覧車、海辺の灯台。静乃はどれも捨てていなかった。

冷蔵庫を毛布で包み、廊下へ出す。階段の踊り場が狭く、横にすると冷却油が回るから駄目だと静乃が言う。

「分かってる。前、引っ越し屋で働いてた」

「三日で辞めたやつ?」

「四日」

下で慎吾が重さを受け、静乃が上から支えた。二階から一階まで、慎吾の腕は何度も痺れた。静乃は「休む?」と聞くたび、休まなかった。

軽トラックへ積み、新しい市営住宅へ運ぶ。信号で止まるたび慎吾は荷台を確かめ、静乃は助手席から「倒れない」と言った。子どものころ遠足へ行く朝も、彼女は同じ調子で何度も弁当の蓋を確認した。六畳二間。慎吾の部屋より広い。

「ここなら一人で平気」と静乃は言った。

「冷蔵庫だけで?」

「テレビも来る」

「誰が設置する」

「業者」

慎吾は返事をせず、冷蔵庫を所定の場所へ押した。電源はすぐ入れず、安定するまで待つ。静乃が保冷箱を開け、夕飯に大根を煮ると言った。

段ボールを片づけると、奥の部屋に小さな机があった。窓にはまだカーテンがなく、向かいの棟から部屋が丸見えだった。慎吾は古い毛布をクリップで留め、仕事用の背景が映らない幅だけ整えた。静乃が「使わないから」と言う。

慎吾は軽トラックから、自分のデスクトップパソコンを運び込んだ。昨夜、黙って積んでおいたものだ。

「何それ」

「仕事、在宅の日あるから」

「毎日は困る」

「週二。飯代は払う」

静乃は追い出さず、冷蔵庫の扉へ象の磁石を貼った。慎吾はその下へ、自分の部屋の合鍵を磁石で留めた。

どちらの家に帰れなくなっても、片方は開く。冷蔵庫の電源が入るまで、二人で床に座って待った。