赤いワンピースを戻す
金曜の午後八時、佳奈子は通販の段ボールから赤いワンピースを出した。
明日、マッチングアプリで知り合った人と初めて会う。店はホテルの上階にあるカフェで、相手が「少しきれいな格好の方が合うかも」と送ってきた。悪意のない助言だと思う。佳奈子も、普段より少しだけ華やかな服が欲しいと思って注文した。
ワンピースは画面で見るより赤く、腰の位置が高かった。着て鏡の前に立つと、いつもの自分より大人っぽく見える。ただ、腕を上げると脇がきつく、椅子に座ると裾が思ったより上がった。深く息を吸うと、背中のファスナーも少し引かれた。
鏡の前で一周する。写真ならきれいに見える角度があった。その角度を保ったまま一時間話すことはできない。
床には、商品と一緒に入っていた返品伝票が落ちている。返送期限は明後日。タグを切れば返品できない。佳奈子はハサミを持ち、細い透明な糸へ刃を当てた。
スマートフォンには友人から〈明日楽しんで!〉と届いている。アプリには相手から〈予約できました〉。未読の仕事メールは四件。部屋の隅では、夕飯のパスタが容器の中で固まっていた。
佳奈子はハサミを置き、もう一度椅子へ座った。お腹のあたりに布が食い込み、背筋を伸ばしていないと苦しい。初対面の相手と話すだけで緊張するのに、服にまで見張られたくなかった。
ワンピースを脱ぎ、畳んで薄い紙へ戻す。代わりにクローゼットから、何度も着た紺色のブラウスを出した。新しくはないが、袖をまくっても肩がつらくない。下には黒いパンツを合わせることにした。
返品伝票へ注文番号を書きながら、少しだけ惜しいと思った。赤い服が似合わないのではない。今の自分が、その服で会いに行きたくないだけだった。
冷えたパスタを電子レンジへ入れ、佳奈子は明日の予定を見直した。店も時間も変わらない。変えたのは服だけだ。それで会う価値が減る相手なら、早めに分かってもいい。
タグのついた赤は箱へ戻った。明日は、呼吸のできる服で座れば十分だった。