赤字の校了印

教材出版社の増刷精算会議で、相生川琴葉は印刷会社の営業担当として、再印刷費六百万円の負担を迫られていた。中学校用問題集二万部に誤答が見つかり、出版社の生方制作部長は「印刷工程で数字が欠けた」と断定した。

問題は「12.5」を「125」と印刷した一箇所。小数点が消えている。

生方は校了紙を示した。正しい12.5の横に出版社の校了印があり、印刷会社が誤って製版したという。

琴葉は校了紙の赤い印を見た。押印日には、出版社の社名変更前の旧社印が使われている。旧印は三か月前に廃止され、廃棄証明も出ていた。

「この校了紙は、増刷後に作られています」

生方は倉庫から旧印が見つかっただけだと答えた。

琴葉は製版データの履歴を投影した。出版社から届いた最終PDFには最初から125とあり、ファイル名は「校了_FINAL」。送信時刻は四月十二日午後八時十九分。印刷会社は翌朝、そのデータのハッシュ値を変えずに製版している。

正しい12.5が入ったPDFは、誤答発覚後の五月二日午前零時四分に作られた。作成者は生方。校了紙の印刷日時も同じだった。

出版社の役員は、印刷会社にも内容確認責任があると言った。

琴葉は契約書を開いた。校正責任は発注者、印刷会社は入稿データとの一致を保証するとある。一致検査の記録は全ページ合格。誤答を見抜く編集業務は委託されていない。

生方は今後の発注停止を匂わせた。

「六百万円で関係を守れる」

琴葉は旧社印の廃棄証明を校了紙へ重ねた。

「守る関係なら、廃棄した印鑑を掘り出さなくても続けられます」

琴葉は誤答発覚後の社内チャットも提出した。生方が「印刷所責任にできる校了紙を作る」と編集者へ指示し、旧社印の画像を探させていた。編集者は会議室へ呼ばれ、指示に従ったと認めた。六百万円の負担先は、誤答を直す前から決められていた。

出版社社長が再印刷費の相殺決裁から手を離した。消えた小数点より、後から現れた校了印の方が重かった。