身柄は三週間確保済み
新人警備員の殿谷鋼士は、撮影会社の会議室前で不穏な会話を聞いた。
「主演の身柄、三週間押さえました」
「逃げ道は?」
「契約で塞いであります」
「家族にも黙らせて?」
「情報解禁まで口止め済みです」
誘拐である。
鋼士は会議室へ踏み込み、制作者たちを壁際へ並ばせた。
「人質はどこです」
プロデューサーが目を瞬いた。
「人質?」
「主演の身柄を確保し、逃げ道を塞ぎ、家族を口止めしたと聞きました」
「それはキャスティングの話です」
「暗号でごまかさないでください」
そこへマネジャーから電話が入った。
『ノアの身柄、追加で二日押さえられます。ただし夜は解放してください』
鋼士は受話器を奪った。
「夜だけ解放する監禁なんて聞いたことがない!」
『睡眠時間ですけど』
会議室の全員が説明を試みた。
「業界で身柄を押さえるというのは、その期間のスケジュールを確保すること」
「拘束日数って言う場合もあります」
「現場に入ったら、終日押さえです」
説明するほど犯罪臭が強くなる。
鋼士は警備室へ無線を入れた。
「監禁容疑。対象者は三週間拘束、夜間のみ解放」
『食事は?』
プロデューサーが答えた。
「ロケ弁を用意します」
「弁当だけで三週間!」
『かなり悪質だな』
警備室まで本気になり、正面玄関のシャッターが下り始めた。
鋼士は非常ボタンへ手を伸ばした。
その瞬間、ドアが開き、主演俳優ノア本人が入ってきた。
「三週間の地方ロケ、決まったんですね。家族旅行をずらしておきます」
鋼士は本人の手首を見た。手錠も縄の跡もない。
「自由意思ですか」
「もちろん。ギャラも出ます」
「身代金では?」
「出演料です」
ノアは契約書を見せた。署名欄には本人の筆跡で、三週間の撮影参加に同意すると明記されていた。
プロデューサーは深く息を吐いた。
「殿谷さん、次から会議の専門用語は確認してから突入してください」
鋼士は敬礼した。
「了解しました。では主演の身柄はお返しします」
ノアが苦笑した。
「いや、三週間はそちらで押さえておいてください」